販促戦場のメリークリスマス
アクセサリーを眺める女性の中を、掻き分けるようにして周瑜の横に来た女性に、周瑜は顔をほころばせた。
目の前にいるのは最愛の妻だった。
「お仕事ご苦労様、買い物のついでですからね、うぬぼれてはだめよ」
妻の言葉に周瑜はすこし売り場を離れてウィリーガーデンの中庭にある噴水のところにあるベンチに妻と連れ立って腰掛けた。
それから慌てて売り場に戻ると、残ったら妻に買っていこうと思っていたペンダントを引っつかんで魯粛を引きずり出し、これで清算しといてくれと言ってカードだけ預けて中庭に戻った。
イタリアだかのデザイナーに任せたのだと言っていたと思うが、とにかく小さなピンクトルマリンをひとつちょんと乗せた天使の小さな羽が妻に似合うだろうと思った代物だ。
「ラッピングもなにもしていないんだが、帰りに見て帰ろうと思っていたからこれしかなくて。ただ、似合うと思ったから」
言って周瑜は、その小さなペンダントを妻の首にかける。
魯粛から周瑜のカードを預かってきた呂蒙はそれを眺めた。
やっぱり、様になる男っているんだよなあ
これを広報部が見たら、そのままジュエリーのCMにできるなと思って呂蒙はカードを返して売り場に戻る。
自分の手元にあったもので済ませても、まったく違ってくるんだなと呂蒙は考える。
戻ってきた周瑜を茶化しながら、陸遜は自分もその手が使えないかなと真剣に考え始めた。もっとも陸遜の場合は彼女がこの売り場に来ていないので、企画倒れになることは間違いない。
晴れ渡った空を見て、ロマンチストには悪いが雪が降らなくてよかったよと魯粛がつぶやき、呂蒙は苦笑した。夕方になると、街にはカップルがぐっと増えた。
「こんなときだから彼氏にねだってみたらどう」
陸遜が女の子の前に身を乗り出して小声で言うと、陸遜のまわりに集まってきていた女の子たちがそれいいと騒ぐ。
「小さなプレゼントでも女の子を綺麗にできるわけ」
周瑜に言われて悩みこんでいた青年がなるほどとうなずく。
すこし売り場がすいたところで呂蒙がずばりと自分たちがここにいることの核心を突いた。
「これは、アルバイトを探せばいいのにアルバイトにだす時給を惜しんだ経理部が体よくうちに売り場係を押し付けたというのではないんですか」
呂蒙の問いに、周瑜がそれを言うなと渋面で応えた。
甘寧からのメールで、呂蒙が先ほど入れたメールの返信が返ってきていた。
吉野家の牛丼大盛二杯で妥協しようというその申し出に、呂蒙は一杯だけだとさらに返信を入れた。
「冗談じゃないよ、おまえに牛丼二杯も奢ってられるか」
呂蒙のつぶやきを、陸遜は聞き逃さなかった。
牛丼、クリスマスイブに牛丼、しかも課長のことだから松屋か吉野屋か…そんなむなしいクリスマスイブっていやだなあ…
せめて河童寿しと思う陸遜の思考回路も呂蒙の影響かもしれなかった。
もちろん、クリスマスイブに河童寿しというのもなんとも奇妙な取り合わせなのだが。
日が暮れて、どのデパートでもイルミネーションがきれいに光り始める。
「課長、いやんなりません?ぜんっぶカップルですよ、その辺」
陸遜の言葉に呂蒙が腕を組む。
「言うなよ、せっかく考えないようにしてるんだから」
部下ふたりの言葉に、周瑜と魯肅は帰ってからのことを考えることでその場をしのぐことにした。
男4人で販促しているなんてことを孫策が知ったら、憐れまれるか笑われるかのどちらかだなと周瑜は思って首を振った。
絶対にやつには教えてやらんぞ、こんなむなしいクリスマス。大学時代以来だ
大学時代のバイトを思い出して周瑜は余計にむなしくなった。
魯肅のほうは、すでに家に帰ってからのブランデーのことを考え始めた。 シャンペンなんてものもある(息子はこれを開けたがっていた)が、やっぱりブランデーだろうなぁ。コーヒーにブランデーをたっぷりと入れて、みかんを食いながら飲む。これか一番だな、クリスマスに焼酎というのも妻に趣味を疑われたし
あれこれとそれぞれに考えながら、デパートが閉まる時間になり、これで終わりだとばかりに四人は後片付けをして車に積み込む。
「これで全部ですかね」
呂蒙の言葉に魯肅がそうだなとうなずく。
「それじゃ、俺会社にこれ置いてきますね」
そう言って愛車の中古、モーリスミニを満足げに運転して行く呂蒙を、周瑜と魯肅はにこにこと見ていたが、ふいに陸遜がぽつりとこぼした言葉に顔を見合わせた。
「課長、やっぱり唐さんにデートの予定があるっていうの相当ショックだったんでしょうね。休憩時間に噴水のところで缶コーヒー飲みながらうなだれてましたよ」
すっかり忘れていた。
魯肅がちらりと周瑜を見る。
周瑜がそれに引きつった笑いを返す。
一般道をバカ律儀に制限速度で運転する呂蒙が、あれを置いて帰ってくるのにどれだけの時間がかかるか。
色々と片づけをしたりなんだったりで、すでに深夜12時を回っている。
あれを置いて、帰ってくるのは1時ぐらいか。
周瑜が仕方なく、呂蒙の携帯電話を鳴らした。
「はい、呂子明、部長?ええ、一応全部金庫に入れましたけど。は?」
周瑜の言葉に呂蒙は一瞬戸惑った。
これからガーデンサイドに行けと言われても、もうすでにツリーのイルミネーションも終わっている時間だろうが。
しかもガーデンサイドでは唐菜青がデートをしているはずである。
古傷(といってもあれから半日だが)をつつくようなことをしてくれると思いながら、呂蒙は携帯電話を睨んだが、それも魯肅の言葉で氷解した。
「いいか、子明、自信を持て!相手は仕事でこられないかもしれないと言っていただろうが。待ち合わせ場所まで言ってくれたんだぞ、さらいに行ってこい」
魯肅の言った言葉が呂蒙の心中を去来する。
グレーのトレンチコートのポケットには、さっき休憩時間に自分で買ったプラチナのペンダント。
ポケットに手を突っ込んで、それを手繰り寄せて周瑜と魯肅の言葉を繰り返す。
好きな女は掻っ攫ってこい!それができなきゃ国際戦略部の肩書きが泣くぞ
呂蒙は目を伏せて深呼吸をする。
しかし周瑜と魯肅が言うととても現実味があるのは彼らの実績のせいだろうと苦笑いをしてエレベーターホールに出た。
31階のエレベーターホールで、マメ(周瑜のマメ招き猫)とポン太郎(呂範の信楽タヌキ)をつついて呂蒙はぴしゃりと頬をたたいて顔を引き締めた。
クリスマスイブは終わったが、行くだけ行ってみようエレベーターが来るのを待つのもじれったいと階段のほうへ足を向けて、手すりを滑り降りると呂蒙は深夜になってすききった道を、このときばかりは制限速度もへったくれもあるかと無視してスピードを上げて走る。
長江大橋のイルミネーションもすでに消えている。
ガーデンサイドの階段を駆け上がり、かろうじてうすぼんやりとイルミネーションのかかった小さな噴水を横切って、中央の大きな噴水のほうへと走りつづける。
さすがに息が切れたが、トレンチコートのボタンを開けて腕まくりをすると、きちんとなど着ていない、これも開けっぴろげにしたままの背広の袖で汗をぬぐってから、また階段を駆け登る。
ツリーのイルミネーションはすでに明かりを消していたが、それを見上げる影を見つけて駆け寄る。
「あの、あ、すみません、人違いです、すいませんでした」
ツリーのところでと言っていたが、やはり遅かったかと呂蒙が頭を掻きながら噴水のほうに足を向けてため息をついた。
それから、呂蒙はかけられた声に前を見た。
目の前で、唐菜青がハンカチを出している。
これは夢だ
呂蒙はふいに思った。
冷え込んで、ちらちらとみぞれが降り始めた。
これじゃ積もりませんね
唐菜青に言われて呂蒙が空を見上げた。
雲が一面にかかっている。
天気予報ではホワイトクリスマスだと言っていたが、たしかに積もりそうにはない。
「そうだな、これじゃ積もらないね」
つぶやいて呂蒙は唐菜青に向き直る。
「デートの相手は、来なかったの?」
聞いてはいけないだろうと思ったが、それでも呂蒙は自分のうれしさをひた隠しに押し隠すようにしながら唐菜青に小声で声をかけた。
唐菜青が首を振る。
それを、呂蒙はすっぽかされたという意味にとったのだが、唐菜青は微笑して呂蒙のほうを見上げた。
呂蒙も男にしては小柄ではあるが、それでもやはり唐菜青よりも上背がある。
唐菜青の様子に少し逡巡したが、呂蒙はポケットから、ラッピングも何もしていない例のペンダントを手繰り出す。
「クリスマスには、いい子のところにサンタクロースが来てくれるというのを知ってるか」
呂蒙の言葉に唐菜青が首をかしげる。
「子供のころは信じていましたよ、サンタクロース」
唐菜青の言葉につばを飲みこんで、呂蒙はそれじゃあとつぶやく。
「目を閉じてみて」
呂蒙の声に、唐菜青が目を閉じる。
首にかけてやろうかと思ったのだが、恋人どうしでもないし、突っぱねられてもいやだなと逡巡してから、呂蒙はペンダントを唐菜青の目の前にぶら下げた。
「3つ数えて目を開けてごらん」
唐菜青に言ったものの、実は自分のための間である。
これで振られたらそこまでだ
目の前に下がったペンダントに、唐菜青はもう一度呂蒙を見上げた。
ばつが悪そうに前髪を掻き揚げて、呂蒙は言葉を濁す。
「売り場の残りもんで悪いが、今日の手持ちで用意できるのがこれぐらいしかなかったんだ。クリスマスイブはもうとっくに過ぎたが、ずっと待っていたおまえにサンタクロースが可哀想だからこれでもやってくれってな」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきて、呂蒙はまた前髪を掻き揚げた。
「そのだな、一日遅れだが、メリークリスマス!」
深呼吸をしてから精一杯の笑顔で言う呂蒙に、唐菜青は目を丸くして笑う。
「来てくれました、待っていた人」
唐菜青の言葉に呂蒙が慌てて周囲を見回す。
唐菜青がやだなあと苦笑した。
「ひどいんです、秘書課の他の子たち、呂課長は鈍感だからきっと来てくれないって言うんですから」
その言葉で、呂蒙はやっと待ち人が自分だと気がつき、鈍感という言葉に引きつったように笑うしかなかった。
周瑜と魯肅にダメ元で行けと言われなければ、今ごろはもちろん相手がいるのだと思い込んだままで甘寧と吉野家にいたのだ。
息をついて、呂蒙は唐菜青を真正面から見据えてもう一度ペンダントをつき出す。
「待ち人が俺なら、このペンダントを受け取れ」
呂蒙の言葉に唐菜青は満面の笑顔でペンダントを受け取った。
雨交じりの雪に濡れたトレンチコートをはたいて呂蒙はもう一度言う。
「Merry Christmas!」このJAVAスクリプトは「危ないとこ逝き隊」さまのものを使わせていただきました。
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