クリスマス・イブのプレゼント〜江東・曹魏・蜀都三公司、決戦開始のベルは鳴る〜


上海午前十一時
 なぜ俺は毎年クリスマスに街頭に立っていなければならないのだろうかと、呂蒙は空にむかってため息をついた。
 今年、クリスマスに街頭に立っているのは呂蒙ぐらいのもんである。
 なぜか。
 営業の甘寧に呼び出されたからだ。
「なあ、興覇」
 呂蒙の暗い声に、甘寧はん?と首を傾げて隣を見た。
「そう暗い顔すんな。どうせ夜は彼女とデートだろうが。ダブルデートでいいじゃねえか」
 けたけたと笑う甘寧に、呂蒙は恨めしげに舌打ちする。
 ちょっと待てよ、俺は……
「俺は奮発してレストラン予約したんだぞ」
 言う呂蒙に、甘寧は目をやった。
「レストラン予約だぁ?!おまえが?!おまえと公奕がレストランの予約なんかしたら、明日は雪どころか雷が降るじゃねえか」
「ちょっと待てや、俺と公益がレストランの予約すると雷が降るってのはいただけない。俺だってなあ、彼女にきちんと……」
 呂蒙の言葉は甘寧に遮られた。
「お、着いた着いた。ここだここ。ここで打合せの約束がある。おまえ、戦略部で自分が企画した取引見てみたいと思うだろう?」
 連れてこられたのは、上海、南京路のピザハットだ。
 ……なんでピザハットのために上海まで連れてこられなければならなかったんだろう
 ため息をついて呂蒙は、とりあえずピザとジンジャーエール、と店員に頼んだ。
 ピザはもちろん甘寧の奢りと、ここぞとばかりに高そうなものを頼んでみたが、それが美味しいかどうかは知らない。パイナップルとかなんだとか、追加のオプションもつけまくった。
「子明」
「ああ?」
「今のうちに言っておくが、向こう持ちだからな」
 甘寧の忠告に呂蒙がジンジャーエールを吹き出したのは言うまでもない。この男、なにかショックなことを言われるときにはいつも何か飲んでいる。
「それで?むこうさんてのはどこの会社だって?」
 甘寧がにこにこと、呂蒙の質問に返事した。
「蜀都」
 ……蜀都?蜀都、どこかで聞いたような気がするんだが……て、蜀都ってのは、蜀の方の会社じゃねーのか?
「なあ興覇、蜀都って四川省のほうじゃないのか?」
「よく知ってるな」
「おまえに言われたくねえな。俺は戦略部だぞ。情報源が命なの」
「あそ。でも最初のころは"いろは"の"い"も知らん小僧だったって聞いたぞ」
「古い話持ち出すな。そりゃ俺の人生の半分ぐらいは無知なまんまだったけどな、きちんと勉強させてもらったんですー。おまえだってどうせ似たようなもんじゃねえの?」
 呂蒙に言われて甘寧が反論する。
「ばっきゃろ、俺はきちんと勉強してきたっつの」
 知らなかった……そうか、興覇は勉強ができるような家の生まれだったのか……
「向こうさんからは関雲長って経理兼営業担当が来るんだと」
「経理兼営業?」
「ほれ、前に戦略部の副部長がどっかの弔問で引っ掛けてきたやつだよ、秘書室長の弟がいるところ」
 ああ、と呂蒙が頷く。
「で、なんで俺と興覇が出るんだよ」
「いつ俺とふたりだけだっつったよ」
「あ?」
 店の一階から、顔を出したのは周瑜と、もうひとり、見たことのない、一度見たら忘れないだろうという風体の男が上ってくる。
「蜀都の社長だとさ」
「なにーっ!部長が一緒とは聞いてないぞ!大体社長やら部長やらが仕事してたんじゃ俺たちはいつ休みになるんだよ、え?!」
 ごつっと呂蒙の頭に降ってきたのは周瑜の拳骨だ。前に座った蜀都の社長はただ苦笑している。
 見上げると、周瑜は笑顔ではあるが、目が呂蒙を睨むように見ている。
「休みがあると思うのか、ほお、休みがあるとねえ」
 冬休みってのは、普通もらえるもんだと思ってたと呂蒙は殴られた頭をさすりながら恨めしげに周瑜に目を向けた。
「江東の社員さんでも休みは欲しいもんなんですな」
 からからと笑う男と、その隣で苦笑する赤ら顔の大男。
 こいつは誰だ、と思いながら呂蒙と甘寧が周瑜の紹介を待ったが、周瑜は先に名刺を出して男たちに手渡し、呂蒙と甘寧にちらりと目をやった。
 慌ててふたりも名刺を出して渡す。
 すっかり忘れてピザなんぞ食べていたが、今日は取引だった、と思い出すと恥かしくなる。しかし、と弁解すると、ピザ屋なんぞ指定するから気が抜けるのだ、ということになる。名刺は劉玄徳、関雲長とある。社長と営業兼経理。兼てなんだ、と言いたい三人だったが、それはかろうじて堪えた。
「失礼しました。それでとりあえずのお話ですが農耕機のシェア拡大が急務でして、この春先に間に合うように売りこまねばならんのですが」
 ……農耕機?
 三人の頭上にクエスチョンマークが飛んだ。
 確かに機械は作っているが、農耕機は確か作っていなかったような気がする。何しろ江東はでかい。長江下流域の各種工業製品のシェアは江東が牛耳っている。しかし最近農耕機にまで手を広げた、という記憶はない。魯粛は農耕機の生産に手を出すつもりなのだろうか?
「こちらが提案したいのは、エンジンの話ですが」
 にこりと微笑した周瑜に向かって、劉備が頷いた。
「エンジンでしょう?農耕機械用の」
 農耕機械。と周瑜が呟いて呂蒙の肩を叩いた。
 農耕機というのは田んぼにあるやつだよな?という周瑜の質問に頷き、耕運機とかトラクターとかです、と呂蒙が囁く。
「とりあえず、衆目のあるところではなんですので、今は食事だけ先にいたしましょう、うちの経費ですので、遠慮なく召しあがってください」
 周瑜の台詞に呂蒙が甘寧を睨みつけた。向こうもちだっつったのはどこの誰だ、と小さく呟いて甘寧の尻をつねった。

上海午後二時
 この日、北の曹魏から上海に遊びに来ていたやつがいる。
 ヨ園のスタバでコーヒーを飲みながら、郭嘉は街行く女に釘付けである。
「お父さーん、あんまり女の子見てると天国のお母さんに怒られるよ」
 天国におまえのお母さんはいねえよ、あの女今でもぴんぴんして離婚の慰謝陵要求してくら、と内心息子に向かって毒づく郭嘉である。
 その郭嘉は、ヨ園から南京北路に移動して目立つ男を見つけた。
 おやー、あれってこの間やり手でハンサムと雑誌に掲載された江東の戦略部長じゃねーか?あとあのオヤジ社長お気に入りの蜀都のヒゲじゃん
 いいもの見っけ、と郭嘉は携帯電話を取り出す。
「あー、部長?いいもん見っけましたよ、ええ、ヒゲヒゲ。今ですか?上海です」
 息子がじーっと父を睨みつける。
「仕事の話、しないって言ったのに。クリスマスプレゼントの旅行だって」
 しーっと指で口を押さえ、郭嘉は続ける。
「あ、それが、江東の戦略部長と一緒なんすよ、雑誌に出てた美人さん。これ、俺からのクリスマスプレゼントってことで、俺にはクリスマスケーキはいりませんから、秘書室のガラスとっぱらうように叔父様に言ってくださいません?」
 言い終えたところで、電話口にいた荀攸はぶっつりと派手な音で通話を切った。

上海午後四時
「では、エンジン開発の合弁公司に関してはご同意いただけるということでよろしいですね?ありがとうございます、詳細に関つきましては一週間ほどで人選を終えるように人事に頼んでおきます。次にお会いするのを楽しみにしておりますよ」
 周瑜の言葉に呂蒙と甘寧はどきりとする。
 甘寧がこの場に連れてこられたのは、営業からは甘寧が出されるからだろう。
「いいクリスマスプレゼントをいただきました」
 劉備がにこりと笑顔で言い、周瑜も笑顔で返して「こちらこそ」と言う。
 呂蒙は背筋に寒気が走った。
 なにがいいクリスマスプレゼントだ
 ぞっとするような取引だ。
 本人が別の用事で出てこられなかった魯粛は、携帯で呂蒙から伝えられた合意にけたけたと笑った。
「プレゼント、しっかりとふんだくらないとねえ」
 呂蒙は魯粛の言葉に慄然とする気分だった。
 どうやらクリスマスプレゼント争奪戦は始まったばかりだったらしい。
 プレゼント、それはもちろん荊州である。
 冬休みまでの時間は、確実に伸びた。
 夜になって、呂蒙は彼女と食事をしながらため息をついた。
「旅行に行こうって言ってたのに申し訳ない」
 謝る呂蒙に苦笑しながら、にこりと微笑して彼女は言った。
「それで、課長は合弁公司に出向するんですか?」
 呂蒙は沈黙した。
「出向組ってかっこいいですよね、出向先で成果上げて、本社に戻って窓際になることはないですものね、多分」
 ……
「窓際って……」
 女は強かった。この日呂蒙は痛感したのであった。

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