賀斎と胡綜の幽霊談義、江東IC本社31階はもののけフロア


 江東インターナショナルコーポレーション本社ビル31階フロア。
 そこは派手男呂範率いる人事本部と美周郎こと周瑜率いる国際戦略本部が共存するフロアである。
 エレベーター降りて右手、厚手大柄のペルシャ絨毯が敷かれたその廊下には、なぜかゴッホのレプリカと観葉植物が共存している。
 その奥には威厳ありげな重厚な木目の両開きのドア。
 どこかのあほが立てた私立美術館と思われるそれは人事部である。
 人事部員は常々これが自動ドアになることを願っていると聞く。
 エレベーター降りて左、薄手で緻密な柄の、しかしやはりペルシャ絨毯が敷かれた廊下にはなぜかモネと熱帯魚が共存している。
 その奥には開放的なガラス張りのアイリス照合キーの自動ドア。
 なにがしたいのか全くわからないそれは国際戦略本部である。
 戦略部員は常々戦略本部がガラス張りでいいのかと首をひねっているという。
 互いの趣味を妥協せずにフロアを改造した結果がこれである。
 エレベーターをはさんで真っ二つに趣味のわかれた奇妙なフロア。それはある意味本社ビルのひそかな話題でもある。もっともテラスだけは例外的に二人の趣味は一致したらしい。
 緑生い茂るテラスの真中には大きな噴水が置かれ、夜には外灯がつく。このテラスはもはやふたりのガーデニングスペースと化していた。
 このフロアを真っ二つに分けた二人が、真中にある3台のエレベーターの前でたたずんで何やら相談している。フロアを真っ二つに分けたからといって、この二人が仲が悪いわけではない。
「ここに太陽の塔を置こうかと思うんですがね」
 先に呂範が言い、周瑜が否と首を振った。
「できればサモトラケのニケを置きたいのですが」
 周瑜の言葉に呂範がふむとうなずいた。
「サモトラケのニケね。ダリなんかはだめですかね」
 呂範の言葉に周瑜が首をすくめる。
「それよりはミロのヴィーナスにしてほしいです」
 周瑜の返事に呂範がうなる。
「ヴィーナスねえ」
 ダビデ像やプラトーンにしてくれと言われなかっただけまだましかと思う呂範と、次はピカソかなと推測する周瑜。エレベーターを降りて真っ先に太陽の塔やらミロのヴィーナスやらと対面させられる31階訪問者にとってはあまり大差ない。

 さて、この31階フロアには江東国際公司13怪談のひとつがある。
 夜中になるとときたま男のすすり泣きが聞こえるというのである。
 女性社員がほとんどいない以上すすり泣くのは男なのだろうが、それにしても不気味である。
 この日当直にあたってしまった賀斎はどうかなにもありませんようにと祈りながら32階フロアから降りてきた。
 エレベーターが開き、31階フロアに下りると賀斎はいきなり非凡なものに出くわしてしまった。
 ぎゃーと叫ぼうとして慌てて口元を押さえた。
 エレベーターの前に大きな黒い影がじっとしているのだ。
「いかんいかん、これしきのことで驚いて江東公司の当直が勤まるか」
 自分を自分で鼓舞しながら賀斎は動こうとしないそれに近づき、わと今度こそ声をあげた。
 31階フロアエレベーター前に鎮座ましましているのは信楽焼きのタヌキである。
 驚いてこけたままの賀斎はタヌキの頭の上に小さな座布団が乗っており、その上にはまめ招き猫が鎮座ましましているのを目撃した。
 こんなことをするのはこのフロアの主二人しかいない。これは二人の共同作業だ
 それだけは賀斎も察知した。
 それから人事部のほうへ見回りにと立ちあがり、その背筋に突如悪寒が走ったのを感じた。
 来るんじゃねえ
 男のすすり泣く声が背後から聞こえてくる。
 嫌な日にあたっちまった
 賀斎は後悔し、それから首を振る。
「何の何の、俺は賀斎さまだ、見ていろ幽霊、正体暴いてやる!」
 賀斎、威勢だけはいい。
 そして三十分ほどフロアをうろつきまわり、賀斎はとうとうすすり泣く男を発見した。
「胡偉則かっ」
 賀斎に発見された胡綜はすんすんと鼻をすすりあげた。
「男が草葉の陰で泣くな、泣くなら男泣きして見せろ!」
 慰めになっているのかなんなんだかわからない賀斎の言葉に、胡綜は戦略部を指差した。
「なんだ、まだ電気がついてたのか。誰が残ってんだかもう見回りの時間だぞ」
 賀斎が憤然とすると胡綜がぽんぽんと賀斎の肩をたたく。
「周戦略本部長」
 胡綜の言葉に賀斎がきらりんと背後に星をしょった。
「すんばらすい」
 何人だおまえは。
 周国際戦略本部長、それは美周郎と呼ばれる美貌の持ち主。男の格好はしているが、なかには女に部長をやらせるのかとクレームをつける顧客もいるほどの妖艶な相貌の持ち主である。賀斎も例に漏れず周瑜にあこがれる男の一人だった。
「送っていこう」
 胡綜はしくしくとうなずいた。
「どうした?胡偉則」
「怖かったんだ、周部長が怒ってるのはじめて見たんだけどこう、色白で白いワイシャツ着てて、こうな、廊下が暗いからぼうっと浮かんで見えて、お菊さんかと思ったんだよ」
 ……
 胡綜の言葉に賀斎が止まった。
 というよりもなぜお菊さんなんだ。お菊さんというのはいったい誰なんだ。
 なんにせよお岩さんではなくてよかったというところだ。
 しゅんと音がして噂をすれば周瑜が出てくる。
「なんだ、おまえたちまだいたのか。もう遅いから、よければ送っていってやるが」
 元凶の出現ではあるが、その滅多にない幸せな申し出に二人は思わずうなずいた。
「それじゃあ下に降りようか」
 ふんふんと駐車場に降りた二人が乗せられたのは周瑜の車。
 それは上海ナンバーの黒塗りジャガーであった。

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