禁じる者、禁じざる物、禁じる者を禁ずべし


 陣中の兵糧があとどれだけ持つかはわからない。だが林歴山に陣取った陳僕と祖山らの勢は賊としてはかなり多い。官軍の兵糧よりも先に彼らが窮することになるだろうということは見当もつけられるが、侮ることはできない。
 陣中では鉄を打つ音がキィンと高い音を響かせている。
 その鉄の音が止んで賀斎は幕舎を離れて鍛治職人の様子を覗きに言った。
「終わったのか」
 賀斎の言葉に鍛治職人数人が汗まみれの顔でうなずく。
「鉄戈は将軍のご指定通りの数打ち終えました」
 いい仕事でしょうと言うような鍛治職人の様子に打ちあがったばかりの白銀の戈を手にとって賀斎は顔をほころばせた。
 曇りのない白刃は陽光にきらりと光る。
 ざんっと空気を切るようにすると風が音を鳴らすように真新しい鉄戈が唸る。
「林歴山を落とすぞ」
 真剣な表情で戈から顔を上げた賀斎の言葉に周りを取り囲んでいた兵士が息を飲む。
「出きる限り広めに山を切り開け」
 身軽なものばかりを集めた場所で賀斎は鉄戈を渡してきりとした表情で言い渡す。
 林歴山を切り開くのは容易なことではない。時間もかかる。だが軍楽隊が通れるだけの道を確保しろと告げて賀斎は自分で戈を手に取った。
 陳僕とは未だに睨み合いの拮抗を保つ状況が続いている。
 剣が抜けないのです
 兵士の言葉に賀斎は首をひねった。
「剣が抜けないだと、そんなことがあるものか」
 しばらく考えていた賀斎だったが、ふいに口を開いて硬い木をとってこいと手のあいた兵士たちに言って今度は兵士の首をかしげさせた。
「方術士というものがいるのを知っているか。あれを信じるわけでもないが、禁じるという手があるそうだ。金を禁じることのできるものが相手であれば鉄は使えば自分に鉄の禍が返り、毒を使うものに会って蠱を使えば蠱の禍が自分に返るのだそうだ。真偽なぞわかりはしないが、だがもし鉄を禁じるものがいるというのであれば、あるいは木を使ってみればよい。禁じるものがいるのならば禁じるものの禁じる物を使わなければよい。禁じる者を禁じるというわけだな」
 賀斎の言葉に陳青年は感心してしまった。
 よもや賀斎にそんな知識があったとは。

 朧月が道を照らす。
 普段の銀飾りの甲冑を脱いだ軍楽隊員をはじめ、付け焼刃の軍楽隊員のような兵士たちが林歴山の道を上る。
 下に援軍として残るものが大半だが、上に数百人を上らせて賀斎は上下から賊を挟みこむような形を作り上げた。
 林歴山を中心に、上下の官軍、間には陳僕、祖山の勢。上面に上がった官軍兵士は四方に布陣を広げて賊を見下ろす形を整えた。上には弓兵も置かれている。
 夜明けが勝負だ。
 空が赤くなり始め、上にあがった兵士が賀斎の方へと合図の煙を細く上げた。
 鶏が鳴き始めたのだ。
 煙の合図を受けて賀斎は剣を抜いて上に向かって振りかざした。
 軍楽隊の隊長がそれをうけてドオンと軍鼓を鳴らす。それを皮切に四方の軍楽隊員が一斉に鼓角を鳴らす。
 地震のような軍鼓に陳僕らは飛び起きた。
 一体何が起きているのか
 上から響いてくる軍鼓の音に、白みはじめた空の方を見上げると賀斎の軍楽隊が鼓角を鳴らしている。
 崖の上で鼓角を鳴らしながら踊るように身を舞わせる男たちの様子にあっけにとられた陳僕、祖山は慌てて自分たちの勢をたたき起こすようにして馬を引いた。
 地を振るわせるような鼓角の音はだんだんと早く、大きくなり、馬がそれに怯える。
「好(ハオ)!好極了(ハォジィラ:いいぞ)!」
 賀斎の大声が官軍内で響く。
 きらりと煌く賀斎の白刃に、上の弓兵がきりりと弓をひく。
 ドォドォと低く鳴り響く軍鼓と次々と降る矢に陳僕と祖山は怯える馬を捨てて林歴山から勢を率いて雪崩出たが、目の前には賀斎の本隊が待ち構えている。
「弓を引け!相手に決して隙を与えてはならん!!」
 下でまた鳴らされた軍鼓の音に祖山は辟易した。
 賀斎の目がきつく祖山の姿をとらえる。
 弓兵は入れ替わり立ち代り林歴山から雪崩でた陳僕、祖山らに向かって矢を放つ。
「斬り込め!」
 弓兵の間を縫って踊り出た兵士が剣を抜いて賊に斬りかかる。上から降りてきた弓兵も同様に賊の背後から剣を抜いて躍りかかる。
 上では軍楽隊が祭りでもしているかのように調子をとって踊りながら鼓角を鳴らしている。中には本当に調子付いたかのように飛びあがり高く跳ねてして踊りながら鼓角を鳴らすものもいる。
 官軍の圧倒的な勝利だった。

 賀斎が中央へ赴いたのはただ勝利を報告するためである。
 陳僕、祖山粛清
 この粛清で賀斎の軍は二万を制し、七千人を斬首にした。
 赤壁では呉軍三万が魏軍と対峙している。
 前哨戦はすでに祝杯をあげるにいたったと賀斎は聞き及んでいる。
 白木で作った剣は白刃のように煌きはしない。しかし方術士というものが真実いたのかいなかったのかに関わらず、その剣が記念の一つになるであろうことは賀斎にとって変わりがない。
 孫権の声に、賀斎は進み出てひざをつく。
「賀公苗!」
「在!」
 拱手で許されるのは甲冑を着けた軍人の特権である。
「偏将軍に任ず」
 孫権の声にもう一度拱手し、賀斎は臣下拝命(チェンシィァバィミン)!と声をあげた。
 これによって賀斎は偏将軍の一人に加わることとなり、始新太守を拝命した。
 門の前では陳青年が待ち構えていた。
「阿咨、帰るぞ!」
 旅中あまり元気のなかった賀斎に心配していた陳青年は名前を呼ばれてうれしそうにはいと大声で返事をする。曹操軍と対峙することはできなかったが、それでも賀斎は満足している。
 南の地で、自分は羽根を大きく伸ばした。
 どこの国を相手取るわけではなくても、誰も見ていなくても、自分の軍の兵士たちは皆自分たちの功績を知っている。自分たちが誇り高き呉の官軍だということを。
 男たちの笑声があがる。
 始新にはこの年、賀府が立てられている。
 派手な旗が翻った。
 賀公苗、ここにありと。


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