決死のメリークリスマス〜諸葛瑾の苦悩〜


 今年も恐怖の季節の到来である。
 それを新社長孫権の秘書たちは、よくわかっている。
 さて、と言って椅子から立ち上がったのは、秘書室長に抜擢された諸葛瑾である。
「今年はワインがよくできたとか。クリスマスには赤と白の両方を用意したほうがいいのだろうが…、さて、ワインをどうしようか、定番のフランスワインは、皆様方もう召し上がっているのでしょうねえ」
 これから彼が向かうのは、とりあえず休憩室である。休憩室には魯肅がいる。魯肅はとりあえず国際戦略部の人間であるから、周瑜や呂範とも親しく話をするはずである。部下には陸遜がいる。この四人と、残る専務の程普の好みさえ押さえておけば、ワイン選びに苦労することはない。
「ドイツワインにするかイタリアワインにするか、それとも少し外して、最近ではチリワインが店頭に並んでいるし、それでもいいかな。後はダイナスティを入れておくか」
 フランス、ドイツ、イタリア、チリ、国産…
 それぞれ何本も飲ませるものではないし、白酒を大量に用意したほうがよいだろうかと思案する彼は、知らないのである。
 新社長の幼馴染の胡綜が、孫権よりも酒に弱いということを。
「銘柄の指定とか出されると困るなあ」
 孫権と胡綜という危険なコンビをよそに、呂範と周瑜から、その銘柄指定が出そうだなあと嫌な予感がしている諸葛瑾である。

 休憩室には、すでに魯肅が来ていて囲碁を打っている。
「子敬さん」
 声をかけた諸葛瑾に、お、と目を上げて魯肅が笑った。
「来たか。今義公さんに碁を打ってもらっていたんだが…ちょっと待っていてくれ、どうもいけない。…手詰まりにしてしまったな」
 苦笑する魯肅を見ながら、相手をしていた韓当ははっはっと笑う。
 隅から広がった黒い碁石が白い碁石に囲まれている。この場面だけを見て、魯肅が黒を持っていたのだろうという見当だけはついた。
「子敬さんが黒か」
 諸葛瑾の言葉に魯肅が頷く。
「いかんな、思いつかん。負けました」
 頭を下げる魯肅に、韓当がくっくっと笑いながら、とんとんと碁盤を指で軽く叩いて魯肅を呼んでみせた。
「ここに置けばひっくり返せた」
 なるほどとつぶやきながら魯肅が首を振った。
「勝負はついたかな、昼ごはんがてら相談したいことがあるのだが」
 穏やかな諸葛瑾と、絶対に怒らない魯肅。
 甘寧が目ざとくそれを見つけて、昼行灯コンビだぜと呂蒙をつついたが、あいにくと呂蒙は隣にいた陸遜の愚痴を聞くのが精一杯である。なににつけ、同時に二つ以上のことをすることができないのが呂蒙という男なのだ。
 昼行灯コンビ二人はと言えば、昼行灯などというあだ名を付けられていることも知らずに、エレベーターで3階の社員食堂へと向かう。
 3階の社員食堂は、セルフスタイルの食堂で、上海、広東、四川、北京、湖北などの中華料理の屋台はもとより、ヨーロッパスタイルの屋台に、タイ料理、インド料理などの屋台もある。
「ポテトの香草炒めと焼いたバゲット」
 魯肅が注文している横で、諸葛瑾が同じものを注文していたが、なにしろ薄味好みの諸葛瑾が「味付けは塩だけでいい」などと言う。魯肅は思わず苦笑した。
「子瑜さん、それは香草炒めとは言わないのでは?」
 魯肅に聞かれ、諸葛瑾はそうかとつぶやいた。
 注文を一通り終え、適当な席を見繕って座った魯肅が先に切り出した。
「それで、相談とは?」
 諸葛瑾は魯肅の言葉に、照れたように頭を掻く。
「いや、なにクリスマスのことだが、毎年ワインを用意しているだろう、あのワインの種類だ。ソムリエに任せればよいのだが、なにしろのべつ幕なしに料理を用意するのが江東の毎度のことだろう?ボルドーだのブルゴーニュだのマルゴーだのと言っていると、おさまりがつかないもんで、今年は量の奴らのテーブルには国産ワインとチリワインを置いておこうかと思っているんだ」
 ああ、と魯肅は頷いた。
 確かに全てのテーブルにボルドー産だのブルゴーニュ産だのというワインを置いておくわけには行かない。うるさいのは呂範、それから今は鉄鋼に出向している賀斎ぐらいのものだろうと検討がつく。
 去年だか一昨年だかはシャトー・マルゴーなどをソムリエが用意してくれたが、呂蒙にかかった途端、それが「古いシャッポとマンゴー」になってしまった。帽子とマンゴーが古くて何がよいのかと聞かれれば、魯肅でも答えに窮する。古いマンゴーなどは食べられたものではないと言うのが呂蒙の主張であった。
「ワインは、人事部の子衡さんに聞いたらいい。私はそれほどワインを選り好みしないから。後はJMIの賀さんだな」
 魯肅の言葉に、諸葛瑾は首をかしげた。ワインにうるさそうだと検討を付けた人間の名前が一つ少ない。
「おたくの部長は?」
 公瑾か?と諸葛瑾に問い返し、魯肅は笑った。
「あの人は、確かに自分でワインセラーを一部屋作ってしまうような人だが、出されたワインが料理に合いさえすれば機嫌よく飲んでいるよ」
 なるほど、魚に白、肉に赤という基本を押さえておけば大体よいらしいと諸葛瑾は安堵した。となれば、気になるのは目の前の魯肅である。
「子敬さんは、ワインは好みはないのか?」
 ポテトの香草炒めが出てきたのを、フォークでつつき始めた魯肅が諸葛瑾のほうに顔を上げた。どことなく意外そうな表情である。
「私は、部長と同じで料理とワインが合っていれば文句はない」
 そうかと頷き、諸葛瑾はポテトの上に載せられている半熟の目玉焼きに醤油をかける。それを魯肅は面白そうに眺めた。
「何を言いたいか、当てて見せようか?ポテトの香草炒めと混ぜてしまえば、醤油などいらないのに。違うか?」
 諸葛瑾に聞かれ、魯肅は苦笑して当たりだと言った。
「まあ、いいのさ。しょうゆ味のバターイモも美味しいから」
 美味しくいただければそれでよい、諸葛瑾にはイモなど食料以上のものではなさそうだと魯肅は思い、まじまじと目の前の友人を眺めてしまった。
「クリスマスに、社長の所にも酒を出すのか?」
 魯肅に聞かれ、諸葛瑾がそれはもちろんと笑ってみせる。
「社長も下戸ではなかろう?持ってゆかねば首が危うくなるかもしれん」
 けらけらと笑いながら言う諸葛瑾に、魯肅は憐れむような目を向けた。
「どうした?」
「いや…社長のところには…」
 言いかけた魯肅が、慌てて目をそらしているのを見て、諸葛瑾は後ろを振り返った。音響関係の社章を付けた若い社員が元気よく笑っている。その隣にいるのは孫権だ。
「社長と、それからあの二人…確か朱、と、胡だな」
 つぶやく諸葛瑾に、魯肅が声を潜めて囁く。
「あの胡という青年、彼が社長のお気に入りなんだがね」
 渋い顔の魯肅というのは、普段見られるものではない。大抵の場合、魯肅という男は何があっても笑っていられる。それが渋い顔をしているのだから、諸葛瑾は、何かまずいことにでも出くわしたのだろうと察しがつく。
「あの青年がどうした」
「酒癖が悪いんだ。それはもう、どうしようもなく。あの三人に酒を飲ませたら、ワインの三十倍の金額は損害賠償にまわる。少なくともホテルであの三人組に飲ませるなよ」
 人のよさそうな三人だと諸葛瑾には見えるが、魯肅の顔は笑っていない。となれば本当の話なのだろう。
 社長の孫権よりも酒癖の悪い青年の登場…毎年恒例のクリスマスの馬鹿騒ぎのための予算を練り直す必要があると肩を落とした諸葛瑾、彼の試練はこれからが本番である。

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