荊州合弁公司プロジェクト始動!〜株式会社蜀都の一大決断〜


 その日、江東IC戦略部を率いる周瑜は頭が痛かった。
 別に物理的な意味ではなく精神的な意味で。
 その理由は交渉相手にある。
 江東IC戦略部で部長を務める周瑜としては、株式会社蜀都との合弁会社設立に向けて思い切り戦闘体制ばっちりで交渉のテーブルについたのだ。だが相手に毒気を抜かれた。
 この日の交渉相手は株式会社蜀都の戦略担当諸葛亮ではなく、社長の劉備が直接出てきたのである。営業の関羽と張飛を引き連れて。そして周瑜がぶっ飛ぶような返事をくれたのである。
「江東が70%でいかがですか」
 もちろん無茶を覚悟で、70%からあわよくば51%を江東で出資できればという魂胆だったのだが、劉備の返答には周瑜は椅子から転げ落ちた。
「いいですよ。70%も出してくれるんですか」
「は?!」
 意表を突かれた周瑜に劉備はにっこりと笑った。
 こんな交渉は経験したことがない、いや、はっきり言えば聞いたことすらない。
 普通、同等の会社であれば50%と50%という出資比率で出してどちらからも同人数の経営陣を出すのである。あわよくば51%と49%という比率にして、2%多く出資することで経営権を多く握ろうというのが普通の会社なのだ。だからこそ周瑜は70%を提示することで、最悪51%取ってやろうと思っていたのだが、70%で返事をされてしまったらこれからどういう交渉をすればよいのだろうかと周瑜は頭を抑えた。
 結局、江東ICが70%という条件のままで合弁会社は設立されることになってしまったのである。そうして周瑜は苦手な社内文書に取りかかろうとパソコンを開いたとたん嫌な周知に目を取られた。
 江南一体のシェアに割り込んでこようという図々しいジジイの存在。
 そう、曹魏COの挨拶である。

「曹魏定時株主総会議事録コピー」

 ぺたりと張られたメモは魯肅の字である。
 広げられたページの、下線を引かれた部分に目を通す。

 第○号起案 荊州グループとの合併の件
 議長は来る208年10月開催予定の株主総会の議決を得て、荊州グループと合併したい旨を述べた後、別紙の合併契約案のとおり契約を締結したい旨を提案し、その賛否を諮ったところ、全員異議なく承認可決した。

 周瑜はパソコンを起動している間に飲もうと思ったコーヒーを手にしたままで凍りついた。
「は?」
 隣で同じくパソコンを広げた魯肅がにやにやと笑う。
「見てのとおり、曹魏が荊州を吸収合併したそうで」
 その頃31Fのエレベーターホールでは呂範が信楽タヌキに抱き付いていた。
「先を越された、曹魏に先を越された。でも私の人選は間違ってないはずなんだ。そうだとも、そうだ、ああそうだ、荊州にパイプがなかったからこんなことになっただけさ」
 三十代も後半の男がしくしくと信楽タヌキを抱いている図に出くわして、呂蒙は思わず引きつった。
 なにやってるんだ?人事部長……
 呂蒙の後ろからエレベーターを降りてきた陸遜もぎょっとして立ち止まった。
「今日の人事部長、おかしいよな」
 呂蒙の問いに陸遜は大真面目で答えた。
「人事部長はとうとう神頼みですか……信楽焼きのタヌキよりも呂課長にあげたミュウちゃんの方が絶対にご利益があるのにな」
 陸遜に聞くのがバカだったと呂蒙は後悔した。
 それから首をすくめて戦略部の、相変わらずなガラス張りの入り口の方へと歩いて行った。そしてコーヒーを片手に悔しそうに凍り付いている周瑜と、にやにやとそれを見ている魯肅を発見した。
「さて、私は企画書を作らないとね」
 楽しそうな魯肅の言葉に、呂蒙はがっくりと肩を落とした。
 自分の出番はまだ当分先になりそうだと思ったのだった。
 しかし、しばらく魯肅は徹夜で文書と睨みあうことになったのである。それは彼の頭脳的な能力の問題ではない。
「以下の通り……70%の出資で新規に合弁公司を……利点は荊州グループの下請けであった株式会社蜀都の技術で大型船舶のエンジンを生産するノウハウを獲られること、不利益は……」
 ひとつひとつキーを打ちながら考え込んで、魯肅はキーボードを投げた。
「パソコンは苦手だ!」
 マウスは使いこなせるがキーを打つのが苦手なこの男、戦略部の中ではアナログの異名を取っている。
 普段、彼のパソコンはメールチェックにしか使われない。
 人は彼のパソコンを指して、持ち腐れの宝箱と呼ぶとか呼ばないとか。

 曹魏の案内に凍り付いていたのは周瑜だけではない。
 都合で周瑜と劉備の二社合議に出席できなかった諸葛亮は、議事録を見て凍りついた。
「70%江東に取られたんですか?!」
 部下の悲鳴に劉備はうんうんと頷いた。
「気前のよい会社だと思わないか?」
 これだから周瑜はひっくり返ったのだ。
 諸葛亮が真っ青な顔で震えた。
「暢気なことを言っていないでください!70%江東に取られたってことは、合弁会社は江東のものになるんです!」
 ここで初めて劉備と関羽と張飛の三人が凍りついた。
「そういうものなのか?」
 やってらんねえ、と言わんばかりの表情で諸葛亮は椅子に座り込んだ。
 これで荊州のシェアは江東が大部分を取ることになる。それこそエンジン技術の売り損というやつだ。
 しばらくして、江東ICと提携する大中小の企業はこんな案内をもらうことになった。



関係会社役員各位

江東国際公司取締役社長 孫権仲謀
株式会社蜀都取締役社長 劉備玄徳


合弁公司設立の挨拶状


 拝啓
 貴社ますますご盛栄のこととお喜び申し上げます。
 平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
 さて、このたび、私ども有志により新規に合弁会社を設立いたし、4月1日をもって開業の運びとなりました。
 今後皆様のご期待に沿えますよう、社員一同全力を挙げて社業に努める所存でございます。なにとぞ、格別のご支援、お引立てを賜りますようお願い申し上げます。
 まずは、略儀ながら書中をもってごあいさつ申し上げます。
敬具




 諸葛亮の悲鳴と魯肅の高笑いが荊州の地図のうえで、全然違う場所で響いた。
 お気の毒様です、と趙雲が呟いた。

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