魯肅の「戦略は踊る!」〜シャル・ウィ・ダンス?〜


 江東IC国際戦略部、副部長魯肅。
 実は彼を侮ってはいけない。
 国際戦略部のアナログ人間、魯肅が聞いているのは当然、アナログな情報メディアである。ラジオから流れてくる株式情報に、ぴくりと魯肅の耳がそばだった。
「曹操が手を広げるのかな、と」
 曹魏の株が上がって、荊州グループと江東ICの株価が横滑りから少し下がり気味に移行したように聞こえたのだ。曹魏が何か企画を立てたなら、曹魏COの人間が内部情報を頼りに自社株を買うだろう。買いの要因がなにかあるのだ。
 そしてそれが何かと考えれば、荊州グループの前会長が死んで代替わりしたことで、荊州に食い込む幅ができたと見計らったとなる。
 ふむと魯肅は頷いた。
 それならば打つ手はある。まずは荊州に伝手を探すのである。
「社員情―報―。でてこい」
 パソコンに向かって独り言のように言う。アナログ人間だからと言って、パソコンを使うことができないわけではない。社内ウェブは活用している。
「荊州、荊州と」
 荊州と入力し、魯肅はターゲットを発見した。
「なんだ、子瑜さんじゃないか。こりゃ都合がいいや」
 決まったら早い、魯肅はすくとデスクから立ち、秘書課へと移動する。
 45Fとエレベーターのボタンを押し、魯肅はファイルに挟んだ諸葛瑾の資料に再び目を通した。長男で、下に弟がふたり、ひとりは株式会社蜀都で企画マネジメントに携わる、と魯肅の走り書きがある。
 盲点だったなと魯肅はつぶやいた。

「室長、戦略部の副部長がお見えです」
 声をかけられ、諸葛瑾はメガネをかけ直して伸びをして移動した。
 昼の後だというのに仕事かと魯肅は呆れた。
「昼休みはあと一時間ぐらいあるよ、もう仕事に専念するのか」
 くすくすと笑う魯肅に、諸葛瑾は辟易したように苦笑する。
「昼間できることは夜やらないことにしているんだ。明日、明後日の役員のスケジュール調整を全部ここでやるからね。当然子敬さんのスケジュールにも目を通しているよ。ところで今日はなんのご用件でいらしたのか、その様子ではご飯のお誘いではないのだろう?」
 諸葛瑾の言い方に、魯肅は目をきょとんとさせた。その様子がおかしかったのか、諸葛瑾はあっはっはと豪快に笑ってからコーヒーを淹れに席を立った。
「別に驚くことじゃないよ。さっき休憩室で会ったのだもの、さっきの用事ならさっき済ませていたでしょう?それが今頃ここに来るのだから、国際戦略部に戻ってから何か急な用事を思いついたということではないの?」
 笑いながら言う諸葛瑾に、あたりだと言って魯肅は苦笑した。さすがに少しばかり年長の諸葛瑾の洞察力に、魯肅は低頭する。
 淹れてもらったコーヒーをすすりながら、魯肅はあれやこれやと世間話をする。
 にこにこと微笑しながら、諸葛瑾は魯肅の話を聞いていたが、それから二杯目のコーヒーを注いで、それでともう一度声をかけた。ノンフレームのメガネの奥で、少し目が険を帯びたように魯肅は感じた。
「お茶を濁すのは終わり、早く切り出そうとしてファイルを持ってきたのだろう?」
 まったく普段食えない魯肅が、諸葛瑾を相手にするととたんに子供のようになるというのが面白いと、いつだったか周瑜に評されたが、そのとおりで魯肅はなだめすかされた子供のように照れ笑いをしてファイルから荊州グループ前会長の葬式の記事を抜き出した。
「これなんだが、子瑜さんの弟が確か荊州にいると言っていたと思って。それだったら荊州のホテルとかの手配も頼めるかと」
 小さな記事を手に取り、諸葛瑾はふむと頷いた。
「戦略部の子敬さんが動くということは、何か企んでいるな」
 面白そうに言う諸葛瑾に、魯肅はとんでもないと手を振った。
「企むだなどと人聞きの悪い、純粋に、葬式に行こうと思っただけです。以前お得意さんだったもんで」
 以前、と諸葛瑾がコーヒーを淹れる手を一瞬止めた。
「なるほど、豪商の魯家のお得意様ねえ。それならば、弟に世話を頼みましょうか。ちょっと待っていてくださいよ」
 淹れたコーヒーだけを置いて、諸葛瑾は自分の部屋へ戻ってデスクに置いてある電話をとった。そんな諸葛瑾を横目に、内心で魯肅はごめんなさいと謝りながらコーヒーをまた一口すすった。

 兄からの電話に、昼寝から叩き起こされた状態の諸葛亮は唸った。
「ウェイ?アリァン?」
「ウェイ、ニハオ、…なんだ兄さん?」
 諸葛瑾の耳に、どこか寝ぼけた声が聞こえる。
「…ん、あー、兄さんの友達?は?ああ、前会長の葬式ねー、うん、俺も行くよ。ああ弔問の人なんだ、は?別にいいけど、俺がホテル手配すんの?五つ星みたいないいランクのホテルは取らないよ?なんだ、全部経費で落ちるんならホリデー・インとかでもいいけど、そう?じゃ領収書もらっておくわ。うん」
「ありがとう、荊州では全部任せるから」
「わかった、出迎えとかしなきゃならないから、名前ちょうだい」
 やっと頭が起きだしたなと苦笑する兄に、諸葛亮は気まずそうに頭を掻いた。
「昼寝もせずに働いてると過労死するぞ、兄さんまじめだから」
「うん?別に私はまじめじゃないが。部署と名前を言うからメモしておけよ。部署は国際戦略部、名前は魯子敬。魯は魯国の魯、子に尊敬の敬。魯子敬。手配頼むぞ」
 魯国の魯、子敬の敬は尊敬の敬、とつぶやいている声が聞こえる。
「わかった。じゃあ」
 弟の声に、諸葛瑾は、これは熟睡していたなと苦笑して電話を切ろうとした。
「………」
 弟の言葉が途切れ、諸葛瑾は切るに切れずに電話を持ったままで受話器を見つめた。母もそうだったが、弟は寝起きが悪い。ここで切ると、肝心な質問だけが後でもう一度携帯電話にかかってくることになる。
「ちょっと待って兄ちゃん!その人戦略部の人っつった?!」
 案の定、と諸葛瑾はうなだれた。普段は一度言ったら一言一句を全て繰り返して言うことのできる弟だが、寝起きだけは当てにならない。
「国際戦略部の魯子敬だ。頼むぞ」
 兄の言葉に弟が、熱烈歓迎!と言い放って兄弟の電話は終了した。
 熱烈歓迎…弟の歓迎…一体なにがあるのだろうかと多少不安になった兄をよそに、弟は小躍りしていた。
「よっしゃあ!江東IC国際戦略部の人間が来る!ちことは、売り込みチャンス!」
 そうして寝ている間外していたネクタイを締めなおして頬を軽く叩き、鏡に向かって微笑した。
 一方不安を残した諸葛瑾は、またくだらないことでも考えたのだろうかと首をかしげながら魯肅のいる部屋へ足を向けた。
「お待たせして申し訳ない。荊州では弟がホテルの手配からやってくれるそうだ。安心して弔問に行ってくればいい」
 にこやかな諸葛瑾に、魯肅はありがとうと微笑で返した。
「土地勘のある人がついていてくれるとなれば心強い、手土産はどんなものが好きだろうか?」
 魯肅の質問に、諸葛瑾はにこにこと笑うだけで答えなかった。
 もうそろそろ昼休みも終わりだなと言って椅子を立つ魯肅に、諸葛瑾は少しだけ、小さく声をかける。
「相手がうちの弟だからと言って遠慮するような真似はよしてくれよ。兄弟だろうが仕事がらみでは足元すくい合うことになることぐらい、うちではお互い覚悟しているからね」
 諸葛瑾の、メガネの奥の瞳が冷たい光を放つ。魯肅はぞくりと背筋に氷が走ったような感覚を覚えた。自分が他人に感じさせることのある寒気だが、今度ばかりは魯肅自身が味わう羽目になった。
 諸葛瑾が味方であることに、心底魯肅が安心するのはこれから少し先の話である。

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