陸遜の昇進試験、江東IC内部ゴシップ


 陸遜、字伯言。
 彼はこの年内部昇進試験に挑戦した。
 最年少で内部管理職試験に挑戦した彼は、一応通過して25歳になるかならないかで副課長へと昇進したのである。
 それも江東IC一のエリート課、国際戦略本部の副課長に抜擢されたのだから家族の前でもそれなりに対面を保ったことになる。
 完全なるエリート陸遜、と言いたいところだがエリートといえば彼の上司である呂蒙、魯粛、周瑜などは彼と並ぶ年少組みである。そして周瑜にいたっては30代そこそこでこの国際戦略本部の部長になった。
 江東IC一のエリートはとりもなおさずこの周瑜であろう。
 この周瑜が陸遜を、そして今年の内部昇進管理職試験受験者を悩ませた張本人でもある。
 誰かを悩ませることにかけてもやはり、周瑜は自覚しないものの江東IC一らしい。
 もっとも国際戦略本部には変人しかいないという噂もあり、そこに配属されてしまった一般人魯粛と呂蒙はときに同情の対象になる。(特に呂蒙)
 呂蒙から見れば陸遜も結構な変人で国際戦略部には向いている。

 陸遜はまじまじと周瑜を見た。
 最近ずっとこうである。社内で妙な噂があるためだ。
 しかし社内懇親会のときも周瑜と孫策をまじまじと見ている彼を、課長の呂蒙は皿を持ってうろうろしながらも何なんだこいつはと思いながら眺めていた。
 今日も今日とて呂蒙は気もそぞろな陸遜の頭をぱしっとレポートで叩いた。
「陸、部長はおまえが見とれるほどいい男か」
 はっとしてデスクの前を見ると呂蒙が怪訝そうな顔で陸遜を覗きこんでいる。
 確かに周瑜はいい男には違いない。
 しかし昨年の社員旅行に参加した呂蒙は複雑である。
 そのときの国際戦略部管理職員の写真は秘蔵写真としてベッドの裏に隠してあるほどだ。
「え、あの、課長、その」
 しどろもどろの陸遜に、呂蒙は怪訝な顔のままで陸遜の提出したレポートをデスクに置いた。
 机に置かれたレポートに、陸遜は呂蒙を見上げた。
「部長に気をとられていないで見なおせ、企画が違ってる」
 げっと思ってレポートを見なおすと、それは確かに今回の企画ではなく前回の企画である。それも出来が悪いと思って自分で廃棄にしたはずのレポートだった。
「前回の企画だったらこれも悪くないが、いかんせん企画が違っていては使いようがないからな」
 呂蒙の言葉に陸遜ははいとうなずいてレポートをゴミ箱に突っ込んだ。
 うっかりしていた。
 しかし陸遜はこの呂蒙という上司が好きである。
 レポートが間違っていたら私のことをデスクに呼びつければいいのに
 陸遜は苦笑した。
 呂蒙はそれができない。
 いちいちこれはと思った間違いは部下のところへ持っていってそれを指摘する。
 呂蒙の曰く、呼びつけられて間違いを指摘され、その上頭ごなしに怒られたらそんな上司は俺は嫌いだと。
 確かにそんな上司はいただけない。
 周瑜も怒るときはあるが、怒るときには必ず理由を明示してからそれとなく注意を促すのだ。…そのときの笑顔が怖いが。
 副部長の魯粛はといえば怒るときがあるのかどうかが自体が国際戦略部のひそかな賭けの対象になっている。
「周部長、若社長から内線です」
 秘書の言葉に周瑜ははいよと見ていたレポートを机において電話を取る。
 陸遜と、それから内部試験に挑戦した何人かの職員が聞き耳を立てた。
「今夜、いや用事は特に、なんだ私用か。私用に仕事用の内線を使うなよ。へえ、リバーサイドヒルで、別にいいけれども俺がいたら邪魔にならないか。」
 なんの話だかさっぱりわからないが、呂蒙がその横で苦笑しながら私が最上階のスイートを押さえておきましょうと言って周瑜をからかい、周瑜が受話器を呂蒙の耳に当てると呂蒙が真っ青になってすみませんと謝る。その様子が微妙に不信である。
 陸遜をはじめ、昇進試験通過組みはまじまじと彼らを眺めた。
 一体何があるんだ

 帰り際、タヌキの前で陸遜は呂蒙をつかまえた。
「呂課長!飲みに行きましょう!」
 陸遜の強引な誘いに、呂蒙は一歩退いた。
「おまえ、まさか今日のレポートのことで俺に一晩かけて文句を言おうって言うんじゃないだろうな」
 陸遜は笑いそうになって息を吸い間違え、器官から逆流した空気にげほげほとむせかえった。
 たしかに、別の会社の入社試験のときに面接試験で二時間も面接官と押し問答をし、挙句教授のところで文句をつらつらと並べ立てていたのは自分である。
 しかしそれを呂蒙が知るわけもない。
 思いなおして陸遜はそんなことはしませんよと言って呂蒙を納得させた。
 呂蒙が納得するまでに時間はかからなかったが、根がお喋りな陸遜は説得に三十分を費やした。三十分かけて説得された呂蒙がやはりこいつの愚痴には付き合いたくないと思ったのは当然のことだろう。
 そして呂蒙と陸遜がタヌキの前で話し込んでいるのを見て「仲良きことは」の額を国際戦略部の室内に飾らせてもらおうと決めたのは魯粛である。
 やはり彼も普通ではないらしい。
 陸遜が思いつめた表情で呂蒙に切り出した言葉に呂蒙はビールを吹き出した。
 金陵ビールを思いきり吹き出した彼はなんだとと険悪な表情で陸遜のほうを見返した。
 陸遜はビールジョッキをテーブルに置くと、大真面目な顔でもう一度繰り返した。
「周部長が社長の愛人らしいと聞いたのですけれど」
 呂蒙は爆笑した。
 陸遜はぽかんとしている。
「おまえ、おまえどこからそんな妙ちくりんな情報仕入れてきたんだ」
 大笑いする呂蒙に陸遜は顔を真っ赤にした。
「あ、昼間の電話か?あそこのスイートルームってのは防音になっててな、会議室を使うほどでもないが他社の奴に聞かれちゃやばいようなことを相談するときに周部長が好んで使うんだよ。魯副部長なんかはちょくちょく呼ばれるし、俺も何度か行ったことがあるからまたそれかと思ったんだ。そのうちおまえもお呼ばれするだろうさ」
 会議、密談、周瑜の好きそうな言葉だ。
 陸遜はああと納得するとそうでしたかと顔を赤くしたままこっくりうなずいた。
「出所は人事部です。昇進試験の問題で、周部長と孫社長が幼なじみで、程営業本部長は孫社長のオヤジ代わりで、それでどういう状況を判断するかという妙な問題がありまして」
 聞いた呂蒙はがっくりした。
 ああ、なるほど、31階の二大変人の一人が好きそうな変な問題だ…
 二大変人とは言うまでもなく周瑜と呂範である。
「それは、伯言、多分周部長と程部長とどちらにつくと得かどうかという状況判断をしてみろということだったのだと思うよ」
 やっぱりと陸遜は安堵したが、昇進試験終了直後に流れたこの噂に躍らされた自分にがっくりした。
 その後呂蒙からその話を聞かされた営業1課長の甘寧や営業2課長の韓当が大爆笑したことは言うまでもなく、そして周瑜が人事部に乗りこむ大惨事になったことは社内の誰もが知る江東ICの珍事件となった。
 ちなみに前年の昇進試験問題に「秘書課の喬姉妹のバストサイズ予想」なるものが提案され、企画倒れになっていたことは人事部のごく一部の人間しか知らない。没理由は誰もが社長の孫策と戦略部長の周瑜を怖がったからであった。
 そのころなにも知らない周瑜は太史慈にマージャンでコテンパンにのされ、呂範と仲良く31階変人コンビで大負けしていたのであった。
 メンツは孫策、太史慈、周瑜、呂範。
「おっしゃもらったぁ!国士無双!!」
 リバーサイドヒルの最上階に太史慈の景気のよい声が響く。レートは1勝負2百元、翌日周瑜と呂範が小遣いをもらえなかったことは言うまでもないだろう。

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