不思議の国の呂蒙、部下陸遜が明かす上司の不思議な生活
今日も今日とて31階のオバケ屋敷振りにため息をついて呂蒙はエレベーターを降りた。
隣のエレベーターから降りた陸遜は呂蒙を見つけると後ろからおはようございますと声をかける。普通におはようございますと言っただけなのだが呂蒙は絶句している。
「陸、それをどうするつもりだね?」
呂蒙に言われて陸遜は自分の担いでいるものを思い出した。
「国際戦略部の前に置いておくんです。必要でしょう?」
陸遜の言葉に呂蒙は要らないと即行で返事をするが、残念そうな陸遜の表情と、ブツを担いできた苦労に、どうしても置きたければ部長に相談しなさいと言って先にブースへ入っていった。
陸遜ははいとうなずき、ブツを担ぎなおしてブースへと入る。
担いできたブツは陸遜思うに国際戦略部には必要なものである。
周瑜はそれを一瞥して端正な顔を引きつらせた。
「陸、それを、置きたいのか?」
上司の言葉ににこりと笑って陸遜は必要でしょうと首をかしげる。
周瑜はひとつ深呼吸をして、それから悪いがと言葉を継いだ。
「陸、すまないがそれはちょっと勘弁してほしい。それよりは、そうだなどうしてもそういうものをと言うのだったら今度マーライオンを持ってこよう、それでどうだ」
横で聞いていた魯粛は陸遜のブツも周瑜のマーライオンも置かれるとしたらどっこいどっこいだとしか言えないが、しかし陸遜のブツよりはマーライオンの方がまだ耐えられるとも思った。
残念そうな顔で可愛いのにとつぶやく陸遜に、周瑜は可愛いことは認めようと部下の苦労、もとい徒労をねぎらって仕事につけと諭した。ひっきりなしの電話とレポートの山に辟易した陸遜は、周瑜が時報を鳴らすのをわくわくしながら聞き、お疲れ様でしたの掛け声とともに席を立って帰り支度をした。
まさか周瑜もこれが嫌いだとは思わなかった
「いいお土産だと思ったんだけど、可哀想なミウちゃん」
名前つき。
陸遜は件のミウちゃんを担いでからポケットに何気なく手を突っ込んだ。
あ
陸遜の間抜けな声を聞いてしまったのは憐れな一般市民呂蒙である。
「今度は何だ陸」
聞いてしまったが最後、放っておけないのが面倒見のよい江東ICの上司たちである。
呂蒙も例外ではない。
「は?自宅の鍵を忘れただと?間抜けてるなあ、案外」
苦笑して呂蒙はそれじゃうちにくるかと陸遜に声をかけた。
陸遜は少々考える。
なにも家に誰もいないわけではない。家人は出払っているが使用人はいる。
それでも呂蒙の誘いを断るわけにはいかない。
陸遜は逡巡の後ににこりと笑ってお言葉に甘えますと呂蒙に返した。地下駐車場で呂蒙は陸遜に乗れとドアを開けた。
呂蒙の車は中古で見つけたというモーリスミニである。
周泰といい呂蒙といい、なぜこの連中は中古が好きなのだろうか。
呂蒙が言うには最近エンジンが不調らしい。
そして陸遜はこの日、生まれてはじめて一般道を制限速度遵守で運転する人間を見た。
呂蒙の家はいわゆる郊外庭付き一戸建てというやつである。
陸遜は門のところにあるべきものがないのを発見した。
表札ではない。
表札には呂蒙の手彫りとおぼしき「Lv Meng」の文字がある。カントリー調ののんびりとした表札である。
陸遜が思う「あるべきもの」とは魔除けの榊である。
それでも陸遜は気をとりなおして、いいお宅ですねと何とか言葉を発した。
「ああ、ここ?そう言ってもらえるとありがたい。借家なんだがね」
照れながら応える呂蒙に陸遜はこけそうになった。
天下の江東IC国際戦略部課長、その月収は5万元、6万元は軽いだろう。
こ、江東ICの課長が借家住まい?
陸遜の苦悶を無視して呂蒙が苦笑する。
「まあ、月に1200元というのが辛いんだがな」
月に1200元、高級アパートなら普通に飛んでいく値段である。
ちなみに「元」の単位に不慣れなお方への補足、現在日本円と中国元(RMB)とのレートは平均にして16円=1元、一般の安アパート借り賃月250元、電子レンジが一台大体300元から400元、エプソンのプリンターが一台1600元前後である(2001年10月現在)。
この上司の金銭感覚にくらくらしながら陸遜は車を降りた。
まあ上がれと言って陸遜を客間に通した呂蒙はそのまま台所へ行き、チンタオビールを出してきてどんと机に置いた。
「適当に何か作ってくるからな」
課長の手料理…
「か、課長!僕手伝います!」
陸遜の声に呂蒙が台所でいいからいいからと言いながら冷蔵庫をのぞく。
「これでも俺はボーイスカウトでガキどもと料理をしてるんだ、安心して待ってろ」
にこにこと笑う呂蒙に、陸遜は諦めたかのように力なく笑って椅子に座りなおした。
ボーイスカウトでという言葉に、一体どんなキャンプ料理が出されるのかと気にしていた陸遜は、出されたもののまともさに安心した。
いや、これをまともと言うのかどうかはわからないが。
山盛りに出てきたのは、もやしと豆腐と卵の醤油炒め、豚肉とジャガイモの炒め物、そこまで見て陸遜は安心したのだが、その隣を見て目を見張った。
鶏ではない。雀でもない鳥が丸焼きになっている。
「…課長、これは…」
陸遜の言葉に呂蒙が皿を出してきて並べながら苦笑した。
「そのカラスねえ、最近近所のゴミ捨て場を荒らして困ってるってお隣のお嬢さんが言うから竹刀で叩き潰したんだよ」
天然サバイバー…
そんな言葉が陸遜の脳裏を掠めた。
窓から見える庭はきちんと手入れがしてある。
と、ここにまたあるべきものがない。
「課長のお宅、庭にお稲荷さんがないんですね」
陸遜の言葉に呂蒙がチンタオビールを吹き出した。金陵ビールを吹き出したりチンタオビールを吹き出したり忙しい男である。
「陸…おまえのうちには庭に稲荷神社があるのか?」
呂蒙の問いに陸遜は当然とばかりに普通ありますでしょう?と聞き返す。呂蒙にとっては意外であったらしい。
「なんのために…」
当惑する呂蒙に陸遜は魔除けですとあっさり応え、そして妙案を思いついた。
「課長、これ差し上げます。ミウちゃんです」
にっこりと笑う陸遜の指の先には例のブツ。
それは黒猫のミイラであった。
陸遜のありがたい申し出に、呂蒙は青ざめた顔で笑みを浮かべた。
あれを置くぐらいなら去年周瑜にもらったノルウェー土産の人魚像を飾る方がまだましだと呂蒙は思った。この場合誰もがその心情を理解できるだろう。
「古代エジプトでは黒猫は神さまなんですよ。きっと課長にもいいことがありますから」
陸遜は知らない、自分を部下に持ったことがすでに呂蒙の不幸であることを。
月1200元の借家住まい独身2×才の呂子明課長、家にお榊もお稲荷さんもない呂子明課長、食べ物は…いやタンパク質は無駄にしない呂子明課長…。
新米副課長陸伯言にとってこの上司はまだまだ謎に満ちている。おまけ。
\本日の呂子明課長の晩御飯、総計8元(120円)。
ちなみにカラスは戦利品なのでタダ。
翌日には周瑜が陸遜のためにチビチビマーライオン(体高50cm)を持ってきてまた呂範との協議がはじまったそうである。
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