陸遜の春、雪降って地固まらず
陸遜は唇をかみしめた。
向き合っている相手の女も一言も口をきこうとはしなかった。
クリスマスに会っていた男は誰なのかと、陸遜はきかなかった。
ただ、彼女に向かって訊いたのは、一言だけである。
「僕を、今もまだ好きでいてくれていますか」
彼女は答えなかった。
逆に逆ねじを食らって陸遜は憤然としているのである。
「クリスマスに一緒にレストランに行こうって言い出したのはあなたなのに」
恨めしそうな表情の彼女から目をそらして陸遜は髪を掻き揚げた。
短く切り整えられた黒髪がぐしゃぐしゃになる。
「だから、クリスマスは本当に販促に行かされていたんだと言っただろう、それにそのことは直前になってしまったけれどもきちんと電話したはずだ。イブは無理だけれども、クリスマスにはレストランに行こうと…」
そこまで言って、陸遜はため息をついて首を振った。
「疑うなら部長に聞いてみろよ。それから副部長と課長にも。三人ともクリスマスには仕事に狩り出されたんだぜ。僕だけじゃない」
彼女の方もため息をついて腕を組む。
「誰も疑ってはいません。でもなによ、11時になっても電話をくれなかったじゃないのよ、そんな時間になってまだ販促をしていましたなんて言い訳にならないでしょ」
彼女の言葉に陸遜が天上を見上げてから、もう一度髪をくしゃくしゃと掻き揚げた。
「去年のバレンタインにチョコレートをくれたのは君だった、僕はずっと君を見ていたからうれしくなって一も二もなく二つ返事を返した。僕は君の瞳がくるくると動くのを見るのが好きだった。髪を溶かす手つきが好きだった。君は僕のどこが好きだったのか、僕に言ってくれたことがないよね。もし遅くなければ、聞かせてほしい」
陸遜の言葉に、相手の女子社員の表情はふてくされたようになる。
「それは、最後通告?」
彼女の言葉に陸遜は少し躊躇してから、小さくうなずいた。
「そう、最後の質問」
無言のままでたち尽くす陸遜に、彼女はぽつりと、あこがれていたのとつぶやいた。
それだけで、陸遜はよかった。
彼女にはクリスマスを一緒に過ごしてくれる男がいるのだからと自分に言い聞かせた。
同期の中で、かわいいと評判だった女の子にバレンタインのチョコレートと、付き合ってほしいの一言を言われて舞い上がった自分がバカだったような気がしただけだ。
軽く目を閉じて大きく息をつき、陸遜は彼女に向かって少し笑って見せた。
夜になって、陸遜は白酒を一気にあおった。
「だぁ〜、畜生っ、なにが天長地久(永遠に)だ!本当は適当に言ってたくせに!僕のどこが好きって聞いたって言えないんだぜ!」
陸遜の愚痴につきあわされる羽目になってしまった潘璋は首を振った。
玉の輿狙いなら確かに伯言はいい獲物だよなあ
思っても口には出せないのが潘璋のいいところである。
ふいに潘璋は昨年の夏祭りを思い出した。
そしてそれからひそかに孫権が兄社長をつついていることも。
「伯言、おまえ、同じ年の女がいいかな」
潘璋の問いに、陸遜は眠たげな目をしばたかせてふんと鼻を鳴らした。
「年下の女は嫌いか」
たたみかけるように聞く潘璋に、年下の女は嫌いじゃないと陸遜はつぶやく。
潘璋がにやりと怪しげな微笑を浮かべたのを、酔っ払った陸遜は見そこなった。
は?
キャフテリアでサンドイッチを口に詰め込んだ陸遜は首をかしげた。
コーヒーでサンドイッチを流し込み、陸遜はもう一度首をかしげて潘璋を見た。
「今何と言いました?どうも聞き違えたような気がするんですけれども」
陸遜に聞き返されて、潘璋は陸遜の横に回って肩に手を回す。
「だから、ほれ、仲謀支社長が、孫家の婿にできたらいいなと言っていたと俺は言ったんだ」
陸遜は右肩に置かれた潘璋の手を持ち上げて離しながら、右手に持ったサンドイッチの残りを皿に置いた。
「孫家の婿って、仲謀さんは僕と同じぐらいの年でしょう、自分の娘と同じぐらいの年の差があるんでしょう。それはちょっと、いくらなんでも辞退させてもらいます」
怪訝な顔で言う陸遜の両肩を、がっしりとした手がつかみこんで押さえる。
「仲謀の娘と言ったらまだ生まれてないが、うちの娘はけっこう君を気に入っているんだがね」
声を聞いて陸遜はあきれたように椅子の背もたれに身を預けた。
ああ、神様
そしてその声がここにあるということは、おそらくその横にいる人間もこの婿取り合戦に一枚かんでいるに違いない。
「社長、社長のご令嬢は、今御年いくつでいらっしゃいましたか」
恐る恐る尋ねる陸遜に、陸遜を押さえつけた孫策は笑いながら公瑾の息子と同じぐらいかなと答える。
ああ、仏様
陸遜は内心でため息をついた。
この人たちは、僕が彼女と別れたのを実は喜んだに違いない
一気にやる気がなくなった陸遜である。
「神様仏様…なんで僕はこんな星のしたに生まれたのでしょうか」
このときばかりは陸遜は他人を恨むわけにはいかなかった。
翌週には、日曜日の朝っぱらから孫家で子守りをさせられる陸遜の姿を大喬、小喬は目撃することになった。
もちろん大喬はすでに了解している。
陸家のお坊ちゃまになら娘をやっても別によいと。
これがしばらく呂蒙と甘寧の酒のつまみになっているとは、本人陸遜は知りもしないのであった。
「僕は別に、ロリータ趣味はありませんからね!」
しばらくの間、国際戦略部には陸遜の釈明の声が絶えず聞こえていたという。
余談:
「は?」
呂蒙の間の抜けた声に甘寧は地団太を踏んだ。
「だから、ゲーセンのタイマン勝負で彼女に負けたんだ。こってんぱんに!」
甘寧の言葉に呂蒙は牛肉粉糸(牛肉スープの春雨の麺)をすすりながら、甘寧に向かってにやにやと笑ってみせた。
「彼女に花を持たせてやろうってか、いいねえ、彼女思いで。しかしゲーセンでデートってのは、どうせなら留園(蘇州の庭園)とか西園(これも蘇州の庭園)とかにすればいいのに。それで?楚留香で胡鉄花に負けたとか、そんなもんだろ?まだいいまだいい。伯言なんか仲謀さんの差し金で毎週子守りだ。今度の休暇には好きでもない社長と一緒に北京だと」
こんな風に使われているのだが、普段ならこれで「そうだよな」と言ってくる甘寧がなにも言ってこないことに呂蒙は首をかしげた。
甘寧はゲームなら腕まくりして自慢する腕なのだが。
「楚留香で胡鉄花に負けるぐらいならまだいい。パンダに負けた」
パンダ。
パンダとはあの大熊猫と書くパンダだろうか?いや、それ以外に「熊猫」と言えばレッサーパンダ。いくらなんでもレッサーパンダは格闘ゲームには出てこないだろう。
甘寧が(なんのキャラクターで勝負したのかは知らないが)パンダに負けた。
思わず呂蒙は肩を震わせて苦笑した。
「おっさーん!牛肉粉糸もう二杯!あと香菜も!」
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