陸遜アルバトロスの夢〜ああ親睦ゴルフの無情


 快晴。
 快晴も快晴、厭味なぐらいの快晴。
 陸遜は憂鬱だった。
 今日は日曜日、会社はない。
 本当ならば一日寝ていようと思った。
 が、しかし無情にも時計は鳴る。そして電話も鳴る。
「伯言か、今から出て来い」
 周瑜の声。
「面子一人足りないんだ」
 まるでのびたを野球に誘うジャイアンの言い訳である。
 面子が足りないというと、マージャンだろうかと陸遜は首を傾げつつ、時計を止めて嫌々ながらも洗面所へ向かう。
「で、何があるんですか」
 聞く陸遜に、周瑜は笑顔で言う。
 もちろん電話なので表情は見えないのだが、このうきうきした声を聞く限り笑顔で言っているのだろうと見当がつく。
 ゴルフ。
 一瞬陸遜は電話を切ろうと思った。
「別に面子関係ないじゃないですか」
 いいじゃないかと言う周瑜の声が耳に届く。
「等身大ザクー」
 はあ?等身大ザク?と周瑜の聞く声がする。
 わけがわからないのならそれでもいいと陸遜は思った。
 宝物部屋に突っ込んだままで箱から出していない等身大ザクのプラモデルを作り始めることができるのは今日ぐらいのものだと予定を立てていた陸遜の計画は朝っぱらからぶち壊されたのである。
「なんだ、等身大ってのは、あんなでかいもの作るのか伯言は」
 周瑜の横で孫策が楽しそうにけらけらと笑っている声がする。
 なるほどと陸遜は納得した。
 多分そこには孫堅がいる。呉夫人もいる。大喬と小喬もいる。
 そして孫策の娘もいる。
 家族親睦会だろうと陸遜は見当をつけた。
 チームは、孫堅夫妻、孫策夫妻、周瑜夫妻、これはまず絶対だろう。
「面子が足りないってのはどういう意味ですか」
 問い掛ける陸遜に、周瑜はそれがと口を開いた。
「あのな、文台相談役がいないんだ」
 孫堅がいない、それはそれはと陸遜は思ったが、実のところ孫堅がいないよりは孫策がいないほうがありがたかった陸遜である。
「あ、ついでに社長は今日友達と上海にカニ食いに行ってていないぞ」
 さすがに周瑜は部下の質問を先回りするぐらいは軽くこなすのだった。
「なるほど、身内の男が足りないってだけの話ですね」
 陸遜に聞かれて、周瑜はあっさりとうんと答えて返した。

 ゴルフ日和。
 非常に暑い。
 太陽が照りつける。
 陸遜の予想と違ったのは、今日のゴルフが男だけだったことである。
 魯粛が普通にいるところを見ると、もともと魯粛は周瑜が誘った面子に入っていたらしい。
 呂蒙がいないのがなぜなのかわからなかったが、魯粛が不思議そうな陸遜にこそりと耳打をする。
 デートだよ、今夜は雨花台の花火があるからね。昼間は珍珠泉でデートだってさ
 なるほどと陸遜は納得したが、心中複雑である。
「僕はクリスマスに分かれたのに」
 憤懣やる方ない陸遜を、魯粛は苦笑しながらなだめた。
 今日は一組目が出てから、二組目として出ることになるらしいが、周瑜が心配する事態は二組目だからこそ起こることなのである。
 普段は一組目でやらせてもらうのだが、今日はすでに一組目が入っているのだという。
 周瑜が心配する事態、それは一組目に打ち込んでしまうことである。
 孫策という男はとにかく飛ばすのが好きなのだ。
 力加減を考えずに飛ばすものだから、まずはじめは森に突っ込むことが予想される。
 周瑜の場合は目算に目算を重ね、風を計算して打つのだが、計算しすぎて池にはまることがある。
 魯粛は地道に打つ。ひたすら地道に打つ。だから失敗はほとんどしない。ただスコアも伸びない。
 陸遜はというと、ひたすら地味に他人の失敗を待つタイプである。本人それなりにラフに落としたり、OBしたりはするのだが、池に突っ込んだりバンカーに落としたりというやりにくいミスはしないのである。
 とりあえず魯粛と陸遜にとってファイブアンダーは夢である。
「よっしゃ、行くぞ」
 そう言って孫策がまず飛ばす。
 まてと周瑜が静止をかけたときには、孫策はすでに打っていた。
 うわーと陸遜は目を覆い、魯粛はほおとため息をついた。
 思いっきり森に飛び込んでいる。
「いいじゃないか、次は乗せやすいぞ」
 孫策はこう言うのだが、周瑜が考えても、魯粛が考えても、陸遜が考えても、やはり普通にコースから外れないほうが順当にグリーンに乗せられるのである。
「3打でグリーン」
 周瑜が豪語して飛ばす。
 それなりに豪語するだけのことはあった。
「惜しいねー、あそこまで飛んだのに乗らなかったって」
 魯粛はやはり地道に打った。
「200ヤード…あ、やっぱり飛ばないな」
 200ヤード…孫策と周瑜は軽く飛ばす。
 周瑜が魯粛に、打ちっぱなしで練習したらどうですと野次を飛ばした。
 陸遜が緊張気味に素振りをする。
 よしと頷いて、陸遜が飛ばす。
「あー!流れた!」
 突風を計算しそこねたと地団太を踏んだものの、それでもなんとかコースを外れなかったことに、陸遜は安堵した。
 この後に起こる惨劇を、周瑜も陸遜も想定していなかった。
 もちろんトラブルの発端である孫策もである。魯粛だけが、飄々と場合全ての言い訳を考えていたのである。

「あと一打で入れればアルバトロース!」
 陸遜初の快挙はアルバトロス。
 ホールインワンよりも難しいといわれるアルバトロスで回りきれば、ブービー賞は免れるかもしれないと陸遜は淡い期待を抱いた。
 それどころかアルバトロス賞である。
 そこでハプニングが起きた。
「やっちまったー!」
 孫策の悲鳴が聞こえて、周瑜と陸遜がはっとした。
 魯粛がぺろっと舌を出して、俺知らねえとつぶやいた。
「ごめん公瑾、今度こそ前のチームに打ちこんだ!」
 孫策は池のところで停滞している前のチームに打ち込んだらしいのである。
 私が謝ってきますと、本来ならば最年少で一番格下にいる陸遜が言わなければならないのだが、魯粛がにこりと笑って私が行くよと言う。
 陸遜の目に、魯粛がこのときほど仏のように見えたことはなかった。
 しばらくして、魯粛は何事もなかったかのように戻ってきた。
「先方も怒ってはおりませんよ」
 にこにことして言う魯粛に、周瑜はそれならばよかったと胸をなでおろした。
 このハプニングで慌てたおかげで陸遜は調子を崩し、やはりアルバトロスは逃したのであった。
 しかしなぜ、魯粛はにこにこして戻ってきたのか、普通ならば前のチームに怒鳴られまくられることも珍しくない。
 翌日の月曜日、陸遜はこそこそと魯粛のデスクに寄り添ってわけを聞いた。
 魯粛はけらけらと笑いながら小声で答えてくれた。
「それはねえ、同じ日にゴルフの約束を二つ入れる間抜けな相談役にちょっとお話をさせてもらったんですよ。君が代わりにアルバトロスをとるかもしれないと言ったら、少し悔しがっておいでだったがね」
 同じ日にゴルフの約束を入れる間抜けな相談役、僕が代わりにアルバトロス
 つぶやいて陸遜は顔を引きつらせた。
 前のチームに孫堅がいたのだ。そして魯粛は巧みに孫堅を脅したに違いない。だから何も問題なくあっさりと終わったのだ。
 しかも自分が行くと言って行ったのだから、魯粛は前のチームに誰がいるのか、チェック済みだったのだ。
 この人実はとても怖いかもしれない
 後々禍根を残さないためにも、もう少し真面目に書類を整えようと決意する陸遜であった。

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