お歳暮をどうぞ!、周瑜と呂範の趣味合戦
その日、江東IC国際戦略部長周瑜が31階フロアで目にしたものは、なぜか下手糞なひらがなでかかれた「いらっしゃいませ」の額だった。
その下には「呂範より愛をこめて」と書いてある。
周瑜は何も言えずに額の前にたち尽くした。
横から呂範が来る。
周瑜は呂範の方を振りかえって額を指差した。
「呂部長、おもしろい趣向ですが、これはダリの真似ですか」
ダリとは彼の芸術会の巨匠にして現代アートの変人、サルバドール・ダリである。
横から孫策が口を挟んだ。
「ダリの真似だ」
間髪をいれずに周瑜の言葉が孫策に向けられる。
「伯符、その洒落苦しい。ていうかここ31階、社長室45階だしエレベーター降りなくていい」
周瑜の言葉に憮然とする孫策、字は伯符、これでも江東ICの若きエリート社長である。
毎朝のように繰り返される光景に苦笑しながら、呂範は額についた埃を手で払った。
「おととい夜市で見つけたんですよ。58元で」
呂範の言葉に周瑜はあきれるが、その横で孫策は何やら芸術的だとわかっているのかいないのかわからないながらも感心している。
この場で周瑜がこの額に対して確実に言えることは、自分ならばこれに58元出すよりも50元で額だけを買って、中に息子が父の日に幼稚園で書いてきた「パパへのメッセージ(似顔絵付き)」を飾っておくだろうということだ。
ふむとうなずいて周瑜はそれから孫策をエレベーターに追いこんで国際戦略部へと足を向けた。
翌日、呂範が出勤すると額の下には、やはり額入りの始祖鳥の化石のレプリカが飾ってあった。
そこには癖のない字で「親愛なる人へ、周瑜」と書かれている。
呂範は戸惑った。
呂範を戸惑わせるあたり、さすが周瑜である。
モネ、熱帯魚、豆招き猫、始祖鳥、ミロのヴィーナス…
何やら統一性のない趣味のようにも見える。
ちなみに以前の懸案であった彫刻たち、太陽の塔、ダリの彫刻のレプリカ、サモトラケのニケ、ミロのヴィーナスはテラスにそれぞれミニサイズで飾られることで意見が一致した。31階に出現して賀斎の腰を抜かさせた呂範の信楽タヌキとその頭の上に陣取った周瑜の豆招き猫は今でも31階のアイドルとしてエレベーターホールに居座っている。
「おまえの趣味って不思議だな」
悪意のない孫策の言葉には周瑜は動じない。
「だから31階で降りんでいいちゅーとるだろが」
呂範の背後で毎朝のやり取りが始まった。
「周部長、これもまた…おもしろい趣味ですね」
呂範の言葉に周瑜がうれしそうにそうでしょうと返し、孫策はそれじゃあ1階のフロント前にはティラノザウルスを置こうと言って楽しそうにエレベーターに乗りこんだのだった。
ちなみに、ティラノザウルスを置くことには張昭が反対した。周瑜宅にシーラカンスが送られてきたのはそれから二ヶ月後のことである。
「ねえあなた、呂範さんからクール宅急便が届いたのよ」
妻の声に周瑜はどれと玄関に足を向けた。
呂範から魚が送られてきたと聞いて中身をあけた周瑜は凍りついた。
クール宅急便である。
もちろん冷たい。
大人一人が寝転がれるだろうと思われる大きな水槽には、シーラカンスが入っていた。
呂範はこれが熱帯魚であることを知っているだろうか。
自分まで固まりついた周瑜の横で、小喬はうれしそうに夫に声をかけた。
「ねえあなた、これ焼きましょうか、それともスープにします?お刺身にするというのもいいですわね。あ、どうせならお義兄さまとお姉さまも呼びましょうね」
お義兄さまという言葉で周瑜は我に返った。
冗談ではない。
生きた化石、天然記念物を奴(孫策)に食わせるわけにはいかない。とは思うもののこれはすでに氷付けになっている。
というか妻の話はすでに食うことが前提になっている。
「待て妻。おまえこれをさばけるのか、食うのか」
周瑜の言葉に妻はきょとんとした目をくるりとさせた。
「どうして?こんなに大きな立派なお魚よ。新鮮なうちにいただきましょうよ」
それから妻は呆然とする周瑜に背を向けてメイドに包丁を研いでおきなさいと声をかけ、手を叩いて夫の方を振りかえった。
「ねえ、呂部長のところにお歳暮返しをしないといけないわ」
妻の言葉に周瑜は口をあけたまま何も言えなかった。
お歳暮?
お届け物欄には確かに「お歳暮」と書いてあった。
お歳暮返しか
考える周瑜に妻は嬉々としてあれやこれやと料理を考えている。
周瑜はあきらめた。
「わかった」
ふんふんと鼻歌を歌いながら台所の方を見ていた妻がくるりと振り向いた。
「なに?」
周瑜はあきらめたようにシーラカンスの前に座り込んだ。
「肉は食っていい。皮は剥製にしてくれ」
夫の言葉にはーいと返事をして妻はまた台所の方に足を向けなおした。
こうして周家の客間にはシーラカンスの剥製が置かれることになり、周家からは呂家へお歳暮返しにとシンガポールからマーライオンが送られてきたのであった。
後日、あれは妻の提案でと周瑜から聞かされた呂範が周夫妻の理解に「似たもの夫婦」という一言を付け加えたことは言うまでもない。
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