ペアリングには花添えて〜甘寧・呂蒙のクリスマスプロジェクト〜


 クリスマスに悩むのは女ではない。
 クリスマスに悩むのは、大抵男である。
 例によって呂蒙は悩んでいた。
 当然、愛する彼女への贈り物を考えているのだ。
 思えば去年の今頃は、寒空の下で戦略部らしからぬことをやらされていた。
 戦略部といえば聞こえはいいが、自分たちの仕事というのは実はなんなのだろうと考えてしまう呂蒙、それをはぐらかす魯肅、なだめるのが陸遜である。
 ところが最近、魯肅がひとりで楽しそうにしている。
「奥さんと仲直りでもしたのかな」
 呂蒙がつぶやく。
 別に魯肅も夫婦喧嘩などしていないのだが、部下にかかると、何でもかんでも夫婦の話にされてしまう。魯肅が楽しそうにしているのは、別に夫婦仲とは関係ない。夫婦仲の話ならば出張中の周瑜のほうが危険である。
「おい陸、副部長はなんで機嫌がいいんだ?」
 呂蒙に聞かれて陸遜は、ちらりと魯肅を見てから首をかしげた。
「いつもご機嫌ですよ、あの人は。最近じゃ、あの人が怒ることがあるのかどうか、賭けにならなくなってきちゃって」
 以前から、魯肅が怒るかどうか賭けをしていたのだが、これも最近、あまりにも怒らないので賭けの配当が減ってきている。誰もが「副部長は怒らない」に賭けるからだ。呂蒙はふうんと鼻を鳴らして頬杖をついた。
 陸と言えばと、呂蒙はもう一度陸遜を見た。
「なんです?」
 陸遜が呂蒙の視線に訝しげに言葉を返す。
「いや、うちの彼女がね、おまえのところから来たミュウちゃんをいたく気に入っているんだ。これは礼を言うべきだろうと」
 ミュウちゃん…
 陸遜は、はたと思い出したように満面に笑顔を広げた。
「ミウちゃんですか、気に入ってもらえてよかったです!かわいいでしょう?黒猫のミイラはエジプトの神様なんです、黒猫の神様が守ってくれますよ」
 喜色満面というのはこのことだろう。もらって帰ったときには、俺はこれから呪われそうだと内心でつぶやいたことは、呂蒙も言わないでおくことにした。陸遜がこれだけ喜んでいるのである。要らないことは言わない。驚いたのは彼女の趣味である。
 さすがの呂蒙も、唐菜青が、あのミウちゃんを見て喜ぶとは思わなかったのである。
 はじめのうち、見つかったら変人扱いにされかねないと思って、人魚姫も、ちびちびマーライオンも、ミウちゃんも、そして今年の夏、新たに増えたゲルニカの複製(かの有名なピカソの複製だぞと周瑜は満足げにしていたのだが、呂蒙にかかればゲルニカも意味不明な奇作である)も、全て彼女の立ち入らない場所へ移動した。ちなみにその場所とは、彼の寝室である。そのため、しばらく呂蒙の寝室には、それら他人からもらった意味不明のオブジェたちと、時折、甘寧が一緒に転がっているという状態が続いていた。
 しかしどのような秘密にも、秘密とともに死なない限り、破綻は来るものである。
 呂蒙が風邪をひいたときに、唐菜青は看病に来て、それらを発見し、そして呂蒙が想像もしなかったリアクションにでた。
「子明課長、エジプト好きなんですか?」
 嬉々として呂蒙を振り向いた唐菜青が尋ねた言葉はそれだった。
 後日、呂蒙から相談された魯肅が一言目に言った言葉はこうだった。
 …は?
 結局、苦笑する魯肅に、彼女が好きなものがわかってよかったじゃないかとなだめすかされて落ち着いた呂蒙である。

 ところで、呂蒙にとっての本題はミウちゃんの話ではない。今回クリスマスプレゼントのレクチャーを受けようと魯肅に声をかけたところ、それぐらいは自分で考えろと魯肅に呆れられ、仕方なく今、呂蒙は商品カタログなどを見ている。
 自社製品ではなく、女性向けアクセサリーのカタログである。
 どうやら、戦略部にいる女子社員たちに聞いたところでは「ティファニーのペアリングとかを彼氏からもらえたらサイコーです(ハート)えっ?えっ?課長ティファニーくれるんですあ?」ということなので(そして気のいい呂蒙はティファニーこそあげないが、クリスマスプレゼントアンケートに協力してくれたお礼に、彼女たちにカラオケを奢ることになった)、ティファニーのカタログを見ているのだ。
「興覇、彼女にあげるプレゼント、決まったか?」
 呂蒙に聞かれて甘寧は、いんやと言ってからタバコを呂蒙に放り投げてよこした。
「どうもな、ペアリングとかがいいってなことは聞くんだが」
 言う呂蒙に、甘寧はにーっと笑った。
「ペアリング買うのか?それなら花も一緒に買ったほうがいいんじゃないか?」
 花?と聞き返し、それから大体なあと呂蒙は言葉を繋ぐ。
「去年の今頃には彼女なしの男がふたり、今年は男二人で牛丼なんてことなしで年を越したいよ。そのためには、今からちょこっと考えてみようと思ってここにいるんだぜ」
 そう言った呂蒙に、甘寧はため息をついて、気障なプレゼントならおまえの上司たちの管轄だろうと言った。
 当面のところ、毎日彼女に花をプレゼントした男(周瑜)も、俺がどれだけ食えなくても、おまえのことは一生食わせてやると言って彼女を口説いた男(魯肅)も、白猫クールの宅急便で大量の雪を運ばせた男(孫策)も、呂蒙と甘寧にはまったく知恵を貸していない。
 彼らの知恵を借りたところで、一体呂蒙と甘寧に何ができるかは謎である。
「興覇のことだから、さっさと彼女を力ずくで担ぎ上げてると思ったんだが、見込み違いか」
 ため息をつく呂蒙に、
「俺は紳士なんだ、おまえのところの顔のいい山賊みたいな親分とは違ってな」
 と甘寧がため息を混ぜた声で返す。
 ティファニーのカタログ(本当に一般客向けにこんなものがあるのかどうかはよく知らないが)を置いた呂蒙の背後に、甘寧は呂蒙のバカ上司三人組の一人を発見した。
「魯副部長だ、お相手は呂人事部長か。それに、ありゃ秘書課のロバだな」
 つぶやいて甘寧が、呂蒙を思い切り自分の方へひきつけて、小声でぼそぼそと話しかけて、呆れた呂蒙を尻目に甘寧はずかずかと魯肅のほうへと歩き始めた。

 はじめに甘寧に気がついたのは諸葛瑾だった。
「営業課の、甘課長でしたよね?お昼ごはんですか?」
 人のよさそうな諸葛瑾に、甘寧は一瞬毒気を抜かれそうになって、にが笑いした。どうも魯肅と諸葛瑾が並ぶと、その間に周瑜が入ろうが呂範が混じろうが、どことなく手が出しにくい感じがするのである。
「クリスマスのことですけれども、メインの出し物はもう決まってしまいましたか?」
 こほんと咳払いをする甘寧のほうを、諸葛瑾は穏やかな表情で見上げていいえと切り替えした。なにかよい企画でも?と逆に聞き返され、甘寧がにこりと笑った。
「花火をあげる、なんてのはいかがでしょう?クリスマスに、白一色の花火をどーんと」
 …花火…
 甘寧の提案に、諸葛瑾は面食らった。
 それはそうだろう。クリスマスに花火をあげるバカがどこにいるのか。突拍子もない甘寧の発言に、呂蒙が甘寧の足を踏んづけて腕組みをしてみせる。
 しかしふむと唸ったのは派手好きの呂範である。
「今年はホワイトクリスマスになるのかな?もし雪が降らないのだったら花火もいいかもしれない」
 魯肅だけが険しい表情で腕組みをしたまま、口を開かない。
 気まずそうに、隣の魯肅を見た呂範が、甘寧に笑いかけてから魯肅をつついた。
「たまには突拍子もないクリスマスでもいいとは思わないか?子敬さん」
 魯肅の吐息はいつになく重い。呂蒙は、やはり突拍子もないですよね、いきなりできるとは思いませんからと肩を落としたままでフォローしたが、呂範が呂蒙をつねり、おまえが恐縮するこたあないと睨まれた。
 じっと一点を見つめていた魯肅が、ふいに口を開いた。
「企画部はできると言うでしょう、孫家の人間はそういった、派手なパフォーマンスの好きな男ばかりです。景気が落ち込んでいるときにはいいかもしれませんね」
 破顔一笑した魯肅に、甘寧と呂蒙は踊りあがった。
 額を寄せてつぶやくふたりの言葉を、このとき魯肅も諸葛瑾も呂範も聞き取れなかった。
「よっしゃ!ティファニーのリングと打ち上げ花火でクリスマスプレゼントは決まりだな」
 企画もこれからなのだが、すでに花火があがるとふたりの男の中では決定していた。
 余談だが、ティファニーのペアリングの値札に0が余分にひとつついていることを知って後日呂蒙は卒倒した。

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