心裡冷冷、夢裡念君


 ねえあなた、雪が降る
 白くて、きれい
 でもすぐに溶けて、なくなってしまう
 ねえあなた、雪は積もるかしら

 妻の言葉に、期待通りの答えを返してやることができなかった。
 まだ冬といっても冷え切っているわけではなく、積もりそうにもなかったからだ。
 うそでもよかった。
 きっと積もるよ、そう一言だけ、言ってやればよかった。
 みぞれだよ、今日はたぶん積もらない。
 私はそう言った。
 妻の暖かい手が、私の手を握った。
 あの時私は、どうして君の言葉に、当たり前の言葉を返してあげなかったのだろうね。
 明日の朝には、積もっているかもしれないね。
 そう言えばよかった。
「叔父上、少し寝たらいかがです」
 いらいらする。
「阿峻、付き合え、少し飲もう」
 阿峻の慌てた顔が、燭の火に照らされてうっすらと見えた。
 濁酒を少し呷る。
 ゆっくりと、少しばかり口に含んで、転がす。
「阿玲が泣きだすかもしれませんよ」
 阿玲は、一番小さい娘だ。
 息子が二人、娘が一人。
 かわいらしいお嬢様ですわ
 そう言われたときには、本当にうれしかった。
 きっと妻に似た美人に育つだろう。
 本気でそう思った。
 色の白い、黒髪のきれいな、そんな女性に育つだろうと思った。
 産婆の次の言葉で、私は居たたまれなくなった。
 ただ奥様が、難産でしたのでお亡くなりになりました
 生まれたばかりの娘を抱いて、私は妻によりそった。
 おまえが命がけで私に残した娘だ。
 雪のような、白い肌の、かわいらしい娘に育ったと、どうしたらおまえに見せてやることができるだろう。
 また雪が降る。
「叔父上、ご医師にもお酒は飲みすぎないようにと言われたのでしょう」
 阿峻が困り果てたような顔で私を見る。
「おまえもそのうちわかるよ、無条件で酒を飲みたいこともある」
 そういうものですかねと阿峻はため息をつく。
 そういうものだよと私は答える。
「たまにね、書類を片付けるのも嫌になるよ」
 酒をもう一口、口に含む。
 妻が死んで、何年になるか、自分では覚えていない。

 雪が降ると思った。
 晴れた空に、雪も何もありゃしないと子敬兄に笑われた。
 星が満天に輝いているのだと、子明が笑った。
 それでは星が降るのだ。
 妻よ、ここでは星が降る。
 満天に輝く星が降る。
 蘇州でおまえと見た月は、柔らかく、暖かい月だった。
 ここでは月は、冴え冴えとして、冷たく輝いている。
 もう一度、おまえの琴が聞きたかった。
 子敬兄を後にと、仲謀には信書を送った。
 子明が不服そうな顔をした。
 くすくすと笑うと、子明はため息をつく。
「そのうちにおまえきっと、子敬兄が敵でなくてよかったと思うよ」
 子明の顔は、やはりどこか納得できないと言うように鼻で息をついた。
 ここで私は死ぬのだろうか。
 最期に一目、子供たちに会いたかった。
 妻よ、至らない夫で悪かった。
 もしも後の世で会うことがあるのなら、もう一度、君と恋がしたい。

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