ミスコン始末記


「あの人って、ご存知なんですか?このお姉さま」
 馬稷のなかではすでに「憧れのお姉さま」になっているらしい秘書の写真を引きつった笑みを浮かべながら「知っているも何もうちの…」と口を濁す諸葛亮。
 彼には言えなかった。これが「うちの兄貴だ」とは言えなかった。
「うちの?うちのって蜀都の?」
 姜維の言葉に趙雲が「違うだろう」と言いながらきょとんとしている。
 張飛と関羽は興味津々で続きを期待している。いわんや黄忠・厳顔をや。
「うちの…うちの姉です!」
 言い切って諸葛亮はさっさと自分の仕事場へと引き返した。
 姉…
「諸葛部長って、江東にお姉さんがいたんですか?」
 姜維が呆然としている。
 その横では趙雲が首をかしげている。
「江東に兄弟がいるとは聞いていたけれども、あまりプライベートは話さないからなあ、あの人」

 問題は一体誰が応募したのか。
 呂蒙は唸った。
 宴会写真の、いかにも酔っ払っていますと言う様子で隣の男のほうをうざったそうに眺める女装の副部長。
 この様子には確かに見覚えがある。
 うざったい隣の男というのは営業の周泰である。

「中古車をバカにしないでくださいよ!いい自動車の半分は中古車で出てくるんですからね、そうでしょ?それがどうですかっ、江東の社員が中古車だなんてとみんな言うんですよー!ひどいと思いません?ねえ子敬さん、デートのときに彼氏の自動車が中古じゃだめなんですか?!いいと思いません?!スバルの360なんてがんばって探したんですよ俺は!それを新品のシトローエンとかじゃないからって文句言います?!ねえっ」
 このとき呂蒙は周泰の意見にごもっともと頷いていた。
 宴会の席で、呂蒙も羽目をはずした。
「そうです!そのとおり!俺だってモーリスミニをがんばって廉価で見つけてきて、結果姉を乗せてやったら、中古で走れるの?って聞いたんすよ、うちの姉!ひどいと思いませんか?!」
 うんうんと周泰が頷く。
 何があっても怒らない魯肅は、ここでも怒らなかった。
 ただ絡み酒の周泰に辟易しただけだ。
「別に中古も手入れがされていればいいと思いますけれどね、絡み酒は相手の女性に愛想を尽かされかねませんでしょう」
 言う魯肅は、呂範の企みできっちりと女装の貧乏くじを引いていたことを忘れていた。
 うむっと頷いて周泰がビールを飲み干す。
 この段階で周泰はチンタオビールを5本飲み干したと呂蒙は記憶している。
「そう言う女は珍しい!今度スバル乗ってみます?そんでもって西湖までデートぐらいはできますっす!」
 酔った勢いのこの申し出には魯肅が怪訝な顔をした。
「デートの誘いは素面のときに彼女に堂々としたほうがよろしい。大体あんた、ひょっとしてデートの時に自動車の話しをしていないか?」
 酒で目の据わった魯肅のお説教が始まった。
「デートの時には気を利かせて彼女が好きなCDでもかけて、次のデートの予定でも聞いてみる、そんでもってきちんと次の約束をつけておくほうがいい!」
 やはり副課長はきちんと手立てを考えてデートしていたんだなあと呂蒙は単純に納得した。ところでそのときの写真がなぜミスコンで出てきたのかが謎である。

 頬杖をついて諸葛亮はとんとんとボールペンで机を叩いて遊ぶ。
 隣に座っている男を背中で押すようにして前の男から逃げているように見える宴会写真は先ほどから画面に映りっぱなしだ。
 姜維がお姉さま美人ですねえとからかうようにしても諸葛亮には関係がない。
 問題は写真に移っている横顔の美女が本当に自分の兄ではないだろうかという疑問である。よく似た別の女だというならよいのだが、秘書課に偶然いるとは思えない。
 そういえば前に宴会で女装をさせられて参ったという話しをされなかっただろうか。
 携帯電話でメールを入れてあるのだが、兄も忙しいのだろう。なかなか返事は返ってこない。
 そのころ諸葛瑾は弟からのメールに引きつっていた。
 言われたアドレスをインターネットで開くと、確かに一生の恥とまで弟に言い切った宴会の写真が出ている。
 なぜ仰け反って前の男から逃げているのかという質問が弟から来ていたが、それにも答える必要はない。
 問題はなぜこの写真が今頃出てきたのかだ。
「冗談じゃないって」
 珍しく諸葛瑾脱力。
 カチカチと画面を動かして、同じくミスコンに応募されてしまった魯肅を発見して目を丸くした。
 他の女子社員に名前が付いていて、自分と魯肅の写真に名前が付いていないというのはおもしろい。
 名前が付いていればあっさりと誰もがわかるからだろうか、それともただ単純に本当に知らないのか。
 広報部の社内電話番号をたたき、諸葛瑾は呂岱を呼び出した。

 呂岱は「そうでしたか」と言って電話を切ると、インターネットの画面を広げて笑い出した。
「どうしたんですか?」
 全jに聞かれて呂岱は画面を指差した。
 ああと全jが頷く。
「これ確か前の宴会の写真じゃないですか、これがどうかしたんですか?」
 画面を動かし、呂岱はひくひくと引きつりながら笑いをこらえている。
 写真がミスコンの画面に入っているのを見せ、呂岱はもういちど笑い出した。全jも一瞬引きつってから笑い出してしまった。
「これは欄外にしないといけませんよね?」
 全jに聞かれて呂岱はさあと首をすくめた。
「まあ一般応募可の美人コンテストなんだし、票も入っているからいいんじゃないかと思うが、これは卑怯だよなあ、応募した奴は誰だ、これ」
 ちょっと待ってくださいよと言って全jはキーボードをたたき、これですねと言う。
「営業の新入社員ですから、どっかから写真見つけてきたんじゃないですか?それにしても諸葛秘書役と魯副部長の写真なんかどこから見つけたんでしょうね」
 首をかしげる全jに呂岱も唸る。
 写真の出所がわからない。

 営業の凌統はげっと唸った。
「これ一昨年の宴会の写真じゃんか」
 俺が友達笑わせようと思って撮った写真、どこのバカが持ち出しやがった
 そうなのだ。
 実のところ撮影者は凌統だったのだ。
 おまえのところは美人が多くていいよなあと友人から羨ましがられ、それだけじゃないぞと面白い写真を持ち出して自慢していたのである。
 実際、諸葛瑾の横顔写真と魯肅の酔っ払い写真は評判がよかった。
 酔っ払って目が据わっている表情は恍惚としていて誰もがため息をつく。細面で色白の諸葛瑾の写真はお姉さま好きの友人に羨ましがられる。
 みんながため息をついているところで「本当は宴会の写真、罰ゲームの女装。でもきれいっしょ?」と言うと友人みんな驚くのが楽しくて持っていたのだが、それがどうしてインターネットに出てきたものか。
 知られたら秘書室長に怒られる
 昨年のクリスマスに秘書室長を呆れさせた胡綜という青年は一年間の減俸処分が下された。それも今後ずっと秘書室付きで諸葛瑾の監視下に置かれる上で。
 一年間の減俸処分は勘弁してくれと凌統は思った。
 自分の持っていた写真が出た以上、自分の部下がしでかしたことだというぐらいはわかる。それは一体誰なのか。
 謎のままであった。

 営業の誰か。
 呂岱は唸った。
「名前までつけさせればよかったよなあ…これランクインしたら営業、何課だ?これは6課か。営業6課はきちんと旅行に行くことができるもんなあ」
 諸葛子瑜と魯子敬が聞いたら卒倒しそうだなあと言いながら呂岱は淹れたばかりのコーヒーを一口すすった。
 一部の人間を悩ませたこのミスコン、大喬と小喬の同率一位で幕を閉じたそうである。
 この後男性社員の会社問わずのバレンタイン人気投票企画が持ち上がったのだが、この結果は2月14日のお楽しみである。

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