赤壁逍遥～エピローグ

赤壁逍遥

　呉軍に焼かれる船を眺めて、曹操は程昱に声をかけた。
「あの青年を、どう思った」
　曹操に問われて程昱は教科書どおりの才子ですがと言いかけて口を濁す。
「どうも、引き分けるという概念を持たないようですな。勝ちか負けか、確実に勝つ手を選んでくる。退くときには敗走、しかしおそらくは、負け戦はしない青年。不確実要素を当てにはしないようで」
　程昱の言葉に賈クがうなずいてから、しかしと言葉を挟んだ。
「少々無鉄砲が過ぎるようでもあると思いましたが。兵士にまぎれて敵の旗艦に乗り込んでくるというのには感心いたしかねました」
　ふむと曹操はうなずく。
「まだ若いが、水軍にあのような将軍を置いたらよいな」
　曹操の言葉にまた始まったと程昱は首を振る。
　魏呉の競合は、いまだ始まったばかりであった。

　建安一三年、赤壁から江陵へと退却した曹操軍は、負傷兵のみならず、多くの疫病患者がでていたという。
　烏林で、泥道に足を取られて曹操は豪快に笑った。
　程昱が不思議そうに主を見る。
「不謹慎ではありませんか」
　程昱の言葉に、曹操は首を振る。
「なに、見ろ仲徳、八十万と脅しをかけても気にせずに三万だけ将兵を引き連れてきた小僧が、私の軍をこれだけのありさまにしてくれた。あれは、南の攻略に欠かせない青年だとは思わんか」
　まだあきらめてはいないらしいと程昱は首を振った。
　脇にいる負傷兵を抱え上げながら、徐庶は曹操を眺めやる。
　劉備であれば大声で嘆いて見せるところを、この男は笑って見せるのか
　曹操を眺めながら、将兵たちは不思議な思いでその場に立ち尽くした。
　勝てば官軍、負けても官軍と曹操がつぶやく。

　江陵へ
　周瑜の言葉が艦隊に響く。
　赤壁にまた朝がくる。

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