孫策の野望、社長の決断


 周瑜、字公瑾。
 江東IC一の美男子と呼ばれるエリート社員、弱冠26にして国際戦略部を率いている。
 彼が社内LAN上に置かれている女子社員主催の「憧れの上司v」ランキングでトップを占めていることは知らぬものなき事実であるが、なぜか「憧れの上司v」ランキングに入って女子社員を不思議がらせている「程徳謀」に投票しているのが彼だということは知られてはならない真実である。
 その周瑜は歩シツに見せられた予算案と決算書を仔細に眺めてため息をついた。
「これは、確かに…」
 周瑜のがっくりとした言葉に歩シツはなにやら悪い事をしたような気もしたが、そうでしょうと予算案を手元に戻した。
「ですから、今回の攻勢はあきらめてほしいのです。袁グループとの共同開発に関してはプロジェクトを進めていただいていいのですが、いかんせん株には手は出したくないというのが経理部門の総合的な見方でして」
 今年の予算案はぎりぎりのところで固められている。
 欄外費用の予備予算もできれば削りたいというのが経理部の意見だった。
「買占めというのは少なくともその会社の株券の全体の1/2をとらなければならないということはご承知のはずです。ですが現在曹魏COの株は袁グループの買占めの効果でどんどん上がってきているところなんです。連日ストップ高が出ているところで買占めをしようとすればそれだけ必要な金額もバカにはなりません。昨日の終値をご存知ですか、昨日の曹魏の終値は10株8千元、ここで袁が失敗すれば曹魏の株は一気に値を下げ、次には連日ストップ安が続くことになります。そうなると、例えば買占め時に投資した8千元は50元近くにもなりかねないんです。ぎりぎりの予算しかとっていないところで10株につき7950元もロスを出すわけには行かないんです」
 袁グループの雲行きが怪しくなっている。それは最近の市場に流れる噂だが、それなりにダメージは受けざるをえない。
 歩シツが心配しているのはそこである。
 袁グループの雲行きが怪しければ袁グループの株は売りが多く出る。そうなれば社員株を多く保有する袁グループは予算を経営悪化に伴って買占めを放棄せざるを得ず、結果として曹魏COの株は安値に反転するだろうというのだ。
 周瑜はうなずいた。
「経営がかかっていては仕方がないですよね」
 それからすこし逡巡したが、組んでいた腕をほどいて両膝に置きなおして歩シツに頭を下げて周瑜はわかりましたとはっきりとした語気で言った。
「今回の攻勢はあきらめましょう。それは私から社長に進言させていただきます。企画営業課の周幼平のプロジェクトはそのままで、袁グループに話を持ちかけてもよろしいのですね」
 周瑜の言葉に歩シツは安堵したようににこりと笑って周瑜に頭を下げた。
「それでは、そういうことでよろしくお願いします」
 微笑してはいと返事をしてから周瑜はふと歩シツに向かって首をかしげた。
「しかしなぜそれを私に。こういった内容でしたら私ではなく先に社長に話を通すのが筋ではないんですか」
 周瑜の問いに歩シツはやれやれと首を振った。
「あんた大喬さんが育児休暇取ってる間臨時秘書役でしょうが。それに、秘書室長の諸葛子瑜殿でもよかったんだが、この件に関しては戦略部の方が詳しいだろうと思ったもんでね。将を射んと欲さばまず馬を射よ。よろしく社長にお伝え願いますよ」
 歩シツは言いながら予算案と決算書を振って会議室を出た。
 二人しかいなかった会議室は周瑜だけになった。
 すっかり忘れてた、そういえば俺って臨時秘書役なんていう変な肩書きがあったんだっけか
 前髪をかきあげながら周瑜はため息をついた。

「はぁ!?ここにきて諦めろだなに寝ぼけたこと言ってやがるこのおバカっ!」
 孫策が周瑜の頭を丸めたレポートで叩くふりをする。
 周瑜が苦笑しながら悪いなと孫策に歩シツからもらった来年度予算案のコピーを見せた。
「だってなあ、歩子山経理部長がどんよりとした空気を背負ってうちにきてこう言うんだぜ、予算がないんですよ、どうしてもやるんなら自費でやってくださいって。いや、それはウソだが本当に歩部長から予算案と決算書を見せられてしまったら確かにぎりぎりなんだうちの経理。袁グループに逆張りなんかしてる場合じゃなくてな」
 横でお茶を飲みにきていた孫権はふとまさかと思ったことがあったがそれは口には出さない。
 ここで下手に口を挟むほどバカではないのだ。
 そしてバイトの身分ではあるが、江東ICの株主でもある孫権は下手なことを友人にしゃべることもない。自社株を落とすようなバカではないぞと内心に自負している孫権なのである。
 しかし孫権は知っていた。
 これは陸遜の呪いである。
 孫策は以前陸遜の父の会社を併呑している。
 名目は合併だったが、比率が江東IC7の陸コーポレーション3では併呑というより他にない。
 そのことで東呉大学の先輩である陸遜があまり兄を快く思っていないことは孫権はよく聞かされていた。
 おまけに陸遜は今四国88箇所廻りに行っているという。
 これが陸遜の呪いでなくしてなんなのか。
 もっとも孫策はそういったオカルト系は大嫌いで、怖がりはしないがそんな話をすればバカなことばっかり言ってねえでニュースでも見ていやがれと言われて怒られるのがオチである。
 嬉々として帰ってくる陸遜の姿を脳裏に思い描いて孫権はがっくりと肩を落とした。
 今回の土産は一体なんなんだろうか、できればこの間のようなどこだかの寺のご利益あるお経読本などというものではないことを祈る孫権である。
 今ごろ陸家では護摩が焚かれているに違いない。
 想像ができるだけに孫権はますます兄たちには言いたくなかった。
 孫策はほっとけそんなもんなんの影響もない、迷信だ迷信、偶然だと言って笑い飛ばすのが目に見えるし、周瑜はおもしろがって陸遜のコレクションを見せてもらいに行こうと孫権を誘って魔の陸家コレクション館にのりこもうとするであろう。あんなオバケ屋敷にはもう二度と足を踏み入れるまいと孫権は決心している。
「だから予算がないんだって」
 周瑜の言葉に孫策はむっとして椅子に座り込んだ。
「権、聞いたか、予算がないんだとー。残念だが幼平にはプロジェクトを諦めてもらわないとならん」
 へっと悪態をつきながら言う孫策に、周瑜があと口を挟んだ。
「エンジンの開発プロジェクトは今まで通り進めてもらっていいとさ。営業の方も今まで通り企画を進めてもらっていい」
 孫策が回しかけたペンを落とした。
「ズルっこい」
 孫策の言い方に周瑜はコーヒーを吹きそうになった。
 まるで出し抜かれて駄々をこねる子供の言い分である。
「伯符よぅ伯符、人生思い通りにならんことだってあるわな」
 けらけらと笑いながら言う周瑜に、孫策はちぇっと舌打ちをして企画書を投げた。
 レポートがはらはらと散る。
 真実を知るものは陸遜と孫権だけであった。

 その後、陸遜は蒋欽のすすめにより人事で国際戦略部の平社員として移動することになり、31階はいよいよもののけの集う場所となるのである。
 ちなみに呂範が陸遜を受け入れなかったのは、彼がじつはUFO信望者であることによる。曰く、俺は科学的事象における奇怪現象は受け入れるが、そういったお百度だの護摩だの非科学的現象を信じる奴とは反りが合わん。
 この呂範の言い分に、50歩100歩じゃないかと周瑜が茶々を入れたのは言うまでもない。

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