社長の進退、孫策のスキャンダル


 中国ではワイドショーというものはあまりない。
 しかし叩けばほこりの出るというのはどこにでもある話しで、企業が高度成長期にある社会で、中小企業を吸収合併してきた江東ICに恨みつらみがないはずはなく、現に国際戦略部の陸遜も言ってみれば江東ICに恨みも残る男の一人だ。
 曹魏コンツェルンもそうだが、急成長を遂げる会社では必ずと言ってもいいほどつぶしあいがある。
 叩かれるところもかなりある。
 江東ICが槍玉に上がるのはそう遠くないのではないかと営業部の程普が言い、呂範と周瑜もうなずいた。
 そんなときに許エンタープライズの社長が自殺したのは江東ICに追い詰められたからだと言い出したのは元許エンタープライズの社員であるという。
 孫策に釘を刺した直後の小さなスキャンダルではあるが、自分も江東ICに潰された企業の出身である陸遜は、周瑜によってホテルグリーンウィリーの最上階に呼び出された。
 ヒタチのエレベーターの、金属のドアが後ろで閉まる音を聞きながら陸遜は複雑な思いで2005の部屋を探した。
 長江を見下ろす高いフロアに設けられた会議室は、江東ICグループの重役会議ではよく使うという。
 おそらくは周瑜や魯肅あたりの親戚らがよく使っていたせいだろう、ホテルグリーンウィリーでは彼らの家は楊柳酒店と言っていた頃からのお得意さまだったという。実家が豪商である魯肅は、自家の経営をさっさと引き上げて江東ICに乗り換えたときには、店の従業員を辞めさせることはなく、江東ICの経営する支店に自家を改造して雇い、老舗のお得意さまを引き連れてきた。中央省庁の閨閥に連なる周瑜は閨閥体制に反発してというわけでもなかろうが幼馴染みのフォローとして江東ICに参入した。自分たちで決断したのだということを、彼らは言ったことはない。変で豪気な部長と、昼行灯のような副部長だと国際戦略部の中では評判を取っている。
 陸遜が2005の扉を開くと、そこには一通りの重役がそろっていた。
 腕組みをして狸寝入りしているように見える呂蒙の横に座り、陸遜は、今日は国際戦略部と人事部、広報部だけで集まっているんですかと呂蒙に声をかける。
 呂蒙は薄く目を開き、一応なとつぶやいた。
 周瑜と並ぶ変人呂範がふいに口を開いた。
「これが女の話しならどうとでもなるんだがな」
 呂範の言葉に周瑜がくっくと笑う。
「女の話しならスキャンダルにもなりゃしないでしょう」
 広報部の呂岱はどうでもよいらしく、二人の方を交互に眺めてからため息をついた。
「女性なら男の甲斐性ですみますからね。とりあえず広報部としてはマスコミの先手をとりたいのはお二人ならわかるでしょうが、頼みますよ、どうするにしても報道にいろいろと答えるのは広報部ですから」
 苦笑したのは人事部副部長の孫賁である。
「うちの家系は女で問題出すような家系じゃありませんよ。好みの傾向からしてわかるでしょうに。威勢がよくて気風のいい、おまけにいいケツの下にダンナを敷くような女ばっかり嫁にくるんだから」
 これには、なぜか参加している孫堅がうなずいた。
「伯陽の言うのは本当だぞ。俺の嫁さんと策の嫁さんを見りゃわかる。気の強い女が好きで、結局亭主はケツの下なんだからどうせならいいケツに敷かれないとな」
 反論するのは周瑜である。
「僕はどうせなら胸のでかい女がいいですよ。ほらだって抱きごこちがいいし。柔らかいのが好きなもんで。いや別にダイナマイトとかじゃなくていいんです、ぽっちゃりしてるのも可愛いし」
 周瑜をからかうのは呂範である。
「そうそう、おまえさんの女の理想はミロのヴィーナスだよな。それで男の理想は徳謀本部長。肩幅が広くて声が渋いタイプ。千葉真一でもいいんだっけか」
 ここで口を挟んだのは呂蒙だった。
「ちょっと待った」
 陸遜がさすが呂蒙と感心したのも束の間、呂蒙は付け加えた。
「俺はミロのヴィーナスよりは常盤貴子が好みです。可愛い清純派で。あ、アニタ・ユンも結構好きですけど」
 課長と叫んだ陸遜に、にこにこして孫堅は目を向けて口を開いた。
 陸遜が嫌な予感に一瞬たじろぐ。
「会長、あの、なにか…」
 恐る恐る聞く陸遜に、孫堅はにこにこと駄目押しをした。
「君の好みまだ聞いてないけれども、うちの孫娘は好みに合っていただろうか?」
 会議室中に失笑が漏れた。
 陸遜だけが真っ赤になっている。
「申し訳ありません、今はまだお返事はできませんし婚約には早いのではないかと」
 そう言いながら力なく座りなおした陸遜に、呂蒙は隣りでつぶやいた。
 よかった、俺閨閥とかとは縁がない世界の住人で
 所詮名門や老舗は閨閥がものを言う世界であった。
 陸遜にとって、恐ろしいと思うのは孫堅や孫策ではない。かといって周瑜でもない。
 将来の縁談を持ち込んだ孫権、恐るべし孫家の次男である。自分が孫堅や孫策の方式で潰した陸家の本流嫡男であるためか、陸家に将来反乱を起こされるのを懸念したのであろう次男は、兄の娘を自分にくっつけてきた。陸遜にとって孫権のそれは恐るべき先見の明と将来対策であるとしか言えない。もっともこれをあっさりと承諾する兄孫策と義兄周瑜もある意味で恐ろしく常軌を逸しているのだが。
 そこでふと陸遜は我に返った。
「そうじゃないでしょう、今は社長のスキャンダルがどうなるかが問題です。早い方が得策ですから、叩かれる前に広報からなにか手を打ってもらわなければ」
 陸遜の言葉に、周瑜が呼応する。
「そうそう、その伯符のことなんだよ。そのことなのですけれども会長、今度は名誉会長ということでよろしいでしょうか」
 周瑜に聞かれて孫堅はあっさりとうなずき、呂範はそれしかないだろうなあと苦笑いしながら茶をすすった。
「ということで広報部、よろしくお願いします。明日一番で社長の辞任を揚子日報と北京日報に流して、それから電子台にも手配よろしくお願いします」
 周瑜の言葉に呂蒙は耳を疑った。
 陸遜も耳を疑った。
 平然としているのは他の面々である。
 孫堅はあっさりと決まりと手を叩き、呂範は解決と言って席を立つ。孫賁は警備の太史慈へ連絡し、呂岱は携帯を取り出して新聞社やテレビ局の番号を確認している。
「あの」
 陸遜の戸惑ったような声に振りかえったのは周瑜である。
「どうした伯言」
「普通、こういう話しは社長を交えて、社長本人の意思で決定するものではないのでしょうか。いえ、一般論としてですけれども」
 陸遜の言い分に、一瞬会議室の面々は沈黙した。
 口を開いたのはやはり発案者の周瑜である。
「ああ、それじゃあ…俺が電話するわ」
 呂蒙と陸遜は呆然と上司を見つめた。
 もう一人の静かな上司は、二人の方を見てにこりと微笑した。
「二人とも、常識から離れて考えてご覧」
 魯肅の声に、二人は続きを待つ。
「あの社長がおとなしく自分で辞職するはずがないだろう。ということは先手を打ってメディアに公表するのが一番手っ取り早いんだろう。それは蒙ちゃん、私よりも君のほうがよく社長の性格を知っているはずなんだが」
 魯肅に言われて呂蒙ははっきりと理解した。
 その後ろで周瑜が孫策に携帯をかけている。
「あ、伯符?あのスキャンダルのことだがな、そうそう、許エンタープライズの。あれ明日社長の辞任会見やって。はあじゃねえよ。うん、会長になってもらうことになった。文台叔父?文台叔父は名誉会長でいいって言ってる。そんじゃあよろしく」
 ぶつっと音がして周瑜が携帯を切る。
 陸遜は唖然として上司二人と、その他帰りじたくをしている会長以下の面々を眺めた。
「副部長、それはもしかして、今日はメディア対策ではなかったということですか」
 呂蒙に聞かれて魯肅は笑う。
「そういうことだな。そもそもスキャンダル対策だとは言って呼びつけたはずだが、メディア対策だと言った覚えは私にはないよ」
 けらけらと笑う上司の後姿を見送り、呂蒙と陸遜は背筋が寒くなった。
「課長、この会社って怖いですね。社長の進退でさえ人事部と戦略部が決めるんですね」
「そうだな」
 翌日、新聞を見た孫策は腹を括って辞任会見に臨み、周瑜はその場で孫権を突き出して新社長の挨拶をさせたという。

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