天の時

 開口一番、こう言われた。
「申し訳ないが、私はあなたのような人が苦手だ」
 生まれてはじめて、面と向かって人から言われた言葉だ。
 こう言われると、落ち込むのが普通の人間である。
 この男の場合、落ち込むよりもふてくされた。
「俺の何が気に入らない」
 孫策は面白くなかった。
 なのに相手は平然と言ってのけた。
「私はあなたのような人とは反りが合わない。だから苦手だ。そして苦手だから、私はあなたのような人が嫌いだ」
 孫策はますます面白くなかった。
 正面きって苦手だ嫌いだと言われたら、面白いはずもないが。



 自分勝手な様子で怒って、ふてくされている兄を孫権は見てしまった。
 きっと兄は夜、酒の相手を探しているはずだ。
 おこぼれに預かろうと孫権は決めた。



 真っ二つに割られた杯を眺めて、諸葛瑾はため息をついた。
 こういうことになるから、あまり、武力一辺倒の男が好きではないのだ。
 そして巷で恐れられている孫策など、その代名詞ではないか。
 やはり自分は、あの男が嫌いだ。
 諸葛瑾は結論を出した。
 これから先、誰に進められても孫策の部下になることはやめよう。



 ひとりの部屋で、孫策からきた布帛をひらひらとさせて周瑜は考え込んだ。
 はっきりと、きっぱりと、期待を持たせず、いい方法だといえばいい方法だ。
 しかし、人間味に欠けるといえば人間味に欠ける。
 面白い男だ。
 この男の話しをしたら、魯肅が面白がるに違いない。
 なにしろあの魯肅という男は、孫家に付けと言ったら、孫家では面白くないとはっきり言った。
 多分、この男と気が合うだろう。
 周瑜だってたまには、孫策が面白くないことを楽しむこともあるのだ。



 確かに面白いと魯肅は思った。
 そして、友人が困っている状況で、こんな男がいたと他人に吹聴する周瑜も面白い。
 周瑜のことだから、親身になって落ち込んでいるかと思いきや、酒の肴にして笑っている。
 面白い。
 これを孫策が知ったら、また孫策と周瑜の鬼ごっこが始まるに違いない。
 楽しい。
 なぜなら、その鬼ごっこに魯肅は参加しない。
 見物しているだけならば、孫策と周瑜の鬼ごっこほど見ていて楽しいものもない。
 その面白い男がどんな男なのか、自分はそれを楽しみにしていようと魯肅は決めた。
 人生の中で、その男に会うことがあるかどうか、よくわからないが。



 それから数年が経った。
 目を閉じて、一言も喋らない孫策を前にして周瑜は一言だけ言った。
「バカ野郎」
 これから面白いものを見せてやろうと思ったのに。



 面白いものがなくなったのだから、ここに残っている必要もない。
 魯肅は荷物をまとめ始めた。
「北へ行く」
 魯肅の北行き計画は周瑜によって妨害され、魯肅は残る人生を呉で送ることになった。



 あぶなっかしい少年だ。
 孫権を見て諸葛瑾は思った。
 普段はおとなしそうな少年なのだから、まあ、この少年ならば主人にしても申し分ない。
 そして諸葛瑾は、少年の横に、どこか自分と似たような男を発見した。
 その男の名前を魯肅という。



 人生、何が転機かわからないものである。

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