アフター・バレンタイン


 バレンタイン終了。
 ある意味女の戦いであり、男の戦いでもあるバレンタイン。
 呂蒙はうれしかった。
 バレンタインデー、彼が出社してみると机の上にはチョコレートの包み。
 それも一つではない。
 …これは、俺宛でいいのだろうか、本当に俺宛だろうか?
 そんな疑問が彼の脳裏を掠める。
 かわいらしいメッセージには、きちんと子明課長へと書いてある。
「なんか、俺は生まれて初めてバレンタインらしいバレンタインを過ごしているような気がする」
 そう言う呂蒙に、陸遜が目をむける。
「課長人気者じゃないですか。いいなあ、たくさんある」
 いやと内心で首をかしげながら呂蒙は首を違うほうへ向ける。
 周瑜の席にはチョコレートが積んである。
 置いてある、ではなく積んである、が正しい。
 紙袋ひとつで足りるんだろうか
 呂蒙は首をかしげる。
「部長を気にしてはいけないと思います。僕は愛がこもっていればそれだけで幸せです。手作りチョコふたつもらいました♪」
 心底しあわせそうに言う陸遜に、呂蒙が俺も手作りチョコだとむきになって言う。
 そこでふたりは周瑜のわくわくしたような声を聞いてしまった。
「お、手作りv」
 ……
 呂蒙が陸遜の肩を叩く。
「世の中には相手にしてはいけない人種がいるんだよ、な」
 陸遜が呂蒙を見る。
「部長の奥さんはそれは美人で。課長の彼女はかわいくて。副部長のところも結構アツアツだそうですよ。みなさん本命チョコレートがきちんと手作りでもらえるんですよね、僕は去年も今年も本命チョコレートを会長の娘さんからもらいました。仲謀社長のお手製だそうです」
 社長の手作りチョコ…
「そ、それはそれでいいじゃないか。社長の手作りチョコなんて貴重だぞ、伯言」
 陸遜はもらったチョコレートに頬擦りしている。
「このチョコレートが僕を癒してくれるんです」
 まあ相手が社長の姪っ子じゃあ拒否できないからなと考え、呂蒙は陸遜をそっとしておくことにした。

 45Fの会長室で、周瑜は孫策と談笑する。
「11個もらった」
「よかったじゃん、俺19個もらった」
 孫策が机の上に並べて見せ、周瑜が紙袋を逆さまにする。
 ラッピングされたチョコレートがばらばらと並べられ、幼馴染ふたりは顔を見合わせて笑う。
「あ、これ作った子は絶対かわいいぞ」
 淡いピンクのラッピングに包まれたチョコレートの詰め合わせを見つけだして孫策が言うと、周瑜がこっちは色気のある美人のチョコレートに違いないと言う。
「ところで伯符、かみさんたちは納得してくれたと思うか?」
 周瑜の質問に孫策が沈黙する。
 今年のバレンタイン、バラを買えるだけ買って渡すんですと呂蒙が言うので、ふたりとも適当なプレゼントを見繕ってバラを添えることにしたのだが、下手なものを用意すればこちらの面子が立たない。ということで、バラだけ渡して後から好きなものを選んでもらおうという「工夫をこらした」プレゼントにすることに決まったのだった。
 周瑜はバレンタインデーの朝それを妻に言ってみたのだが、妻にも子供にも明らかに不評だった。
「バレンタインにプレゼントをもらうことに意味があるのよ。15日にプレゼントをあげてもただのいい人じゃないの」
 妻にすねられた周瑜は、早退してデパートでプレゼントを物色することになった。
 それを聞いた孫策が大笑いする。
「プレゼント、俺はゴールデンウィークに北京旅行に連れて行くことでけりがついた」
 けりがついた…ということはいくらかもめたのだろうか…
 周瑜はやはり伯符もかと苦笑した。

 その日の昼、呂蒙は3Fのレストランで甘寧の惚気を聞かされた。
「営業の女の子たちが配ってる義理チョコとは別にもらったんだ」
 よかったねえと呂蒙が頷く。
 共にバレンタインのプレゼントを物色したふたりにとって、今日ばかりは定時が待ち遠しい。いや、今日もと言うべきか。
 これで無事にチョコレートを渡したら、その後はデートだ。
 甘寧の部下の誰が想像するだろうか、彼の持ってきた紙袋の中にゴジバのクマちゃんがいるなど。むしろ部下からは甘寧のほうが熊だと思われているのではないだろうか…。
 陸遜の話しをすると、甘寧が爆笑した。
「社長の手作りチョコレートか、それはいただけないかもしれない!」
 他人事のように笑う甘寧は、自分の机に匿名で置かれていた一番こじんまりしたラッピングのチョコレートが営業6課の凌統手作りで、タバスコ入りの逸品であることを知らない。

 31Fに戻ったところで周瑜は呂範と鉢合わせした。
 今年に入っての建議は、孫権が45Fベランダに野菜園を作るのだと言い出したことに関する美的感覚についてである。
 屋上農園…。
 はあとため息をついたところで呂範が口を開く。
「これでも美的センスは褒められたのですよ」
 えっ?と周瑜が首をかしげる。
 信楽焼きのタヌキとダリの置物と「いらっしゃいませ」の…
 いや、と首を振って質問はしないことにした周瑜である。
 呂範は胸を張ってにこりと笑った。
「意味もなくステンドグラスを嵌める公苗よりもやはり趣味は私のほうが上です」
 言い切る呂範の趣味も、周瑜の趣味とはずれていた。
「屋上農園、せめて見た目のよい農園にしてくれるといいですね」
 呂範がため息をつく。
「そうですね…」
 だが隣のお兄さん(周瑜)も、お小遣い係のお兄さん(呂範)も孫権が手入れをしていた庭がどんなものだったかよく覚えている。夏になるととうもろこしの横でひまわりに朝顔が巻きついている庭だった。スイカを植えるのだと言って食べたスイカの種を全部庭に埋めていたこともある。今年の夏が楽しみな江東IC45F屋上ガーデンだ。



 所変わって曹魏CO。
 郭嘉は机の上を珍しく片付けている。
 広げられたチョコレートを、鼻歌を歌いながら紙袋に入れてゆく。
 もちろん全て名前をチェックしている。
 もらったからにはきちんとホワイトデーにお返しをするのが郭嘉だ。
 荀ケが毎年小まめだなと呆れながらも感心する。
「当然ですよ、このラッピングのひとつひとつに愛がこもってるんですから。粗末にしたらばちが当たります。うっふんなお姉さんからお肌ピチピチのお嬢さんまで、俺はきちんと大切にするんです」
 言いながらラッピングにキスをする郭嘉の胸ポケットから荀攸が駄菓子のパッケージを抜き取る。
「これは息子さんからか」
 あっと郭嘉がひとつ叫んで荀攸を睨む。
「こういうときだけ手癖の悪いことするんすから」
 荀ケが意外そうな顔で郭嘉を眺める。
 何があろうと、結構息子は別格の父親ぶりが意外だったらしい。
 その日家に帰った荀ケは、意外に娘婿もバレンタインチョコを持ち帰っており、パパだって結構モテるんだと息子に言っているところを目撃してしまった。
 そうして荀ケは翌日、娘から義理チョコはもらったけど、息子たちには無視されたと曹操に泣きつかれたのだった。

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