郭嘉の楽しい一日



 面白い男がいる。
 いつも衣服に香を焚き染めている。
 抱いた女の香かと思った。
 違ったらしい。
「今日は薫衣香」
 鼻をくんと動かすと、花の香りがする。
 となりで見ている長文が、呆れたようにこっちを見る。
「香当ての相手は女でも男でもいいのか」
 そう言われても、これが好きなのだから仕方がない。
 香を当てられると、結構それで女がなびく。
「薫衣で当たり」
 そう言いながら、長文が悔しそうに目をそらす。
 素直でないのは、この男の特徴。それがまた、かわいらしい。
 香を焚き染めてくるのは、この長文の舅。
 薫衣、麝香、白檀…
 まるで香草園にでもいるような気がする。
 舅と一緒にいる間に、長文にも香りが移る。
 香を強く焚き染めた舅よりも、移り香をくゆらせる長文のほうが艶っぽい。
 移り香。
「いい匂いだ」
 つぶやいてから、くすくすと笑うと、長文は真っ赤になって怒る。
 ああ、楽しい。
 群議の召集がかかる。
 これも面白い。
 どうやって、落とす?
 どうやってモノにする?
 どうやって手なずける?
 女も敵も、同じ。
 弱点を攻めれば、きちんと手の内に落ちてくれる。
 真面目なのは長文の長所で、弱点。舅も同じ弱点を持っているのだから面白い。
 好奇心が旺盛なのは、殿の長所で、弱点。
 誰にでも長所があり、それが一番の弱点になる。
 どうやって?
「顎の髭を剃らなきゃぁなぁ」
 つぶやいた声を、長文が聞きとがめる。
 不精髭を撫でながら、長文に向かってにこりと口角を上げてみせる。
「おまえさんも髭を剃るのか?」
 実直な男は、からかうと渋い顔をする。
 まったく。
 さて、しかしどうやって相手を落とす?
 自分の着物から漂う移り香と、長文の着物から漂う移り香の間で色々と考える。
 どうやって、相手を降服させる?
 どうやって、かわいいあの人をとりこにする?
 どれもこれも同じこと。
「女の移り香なんぞをつけて朝議に来るなどもってのほか」
 言うだけは言うのだからな、この長文という男。
「おまえも同じだ。移り香をつけて朝議に来ているではないか」
 言い返せまい?
「ではせめて女物の下着で来るのはみっともないからやめてくれ。ほれ、その薄水色の袖だ。いい歳した男が朝議に女物の下着では情けなくて適わん」
 どこまで気にしているのやら、長文の神経の細かさだけは、私では太刀打ちができん。
 開き直るのが一番。
「さて、面白い面白い」
「何が面白い、奉孝兄」
「決まっている。おまえのような男がどうすれば白旗を揚げるのか。それを考えるのが面白い。まるで女を口説くときのようにな」
 くすくすと笑うと、長文がよそを向く。
 さて、面白い。
 どうやって…

 どうやって、相手を口説き落とす?
 どうやって、相手を、絞め殺す?
 さて、面白い人生ではないか。勝つも負けるも、最後の最後は時の運。

 私の着物から漂う移り香は薫衣草、長文の着物から漂う移り香は白檀。
 花の香り散る、芳しい一日。
 そうして私は、趣味のように、相手をどうやって潰すかを考える。
 ああ、なんて、楽しい!



 この薫衣草の香りの郭嘉と白檀の香りの陳羣(と、荀ケ)の行くところ、そこはまるきり、緊張感のない場所であったという。
(薫衣草はラベンダー、白檀はサンダルウッド。気になったらアロマオイルでチェックするのもよかろうて。しかしなにやら、本当に緊張感のない職場ですな。上司の着物からラベンダーの香りとサンダルウッドの香りが立ち込めるのだから。まるでアロマテラピースペースのようではないか。ちなみにどちらも鬱、神経の緊張、不眠症、ストレスの解消に効くと言われる。By華佗)
↑さらに、もっとどうでもいい話。華佗膏は確か水虫の薬だった。曹操は水虫だったのだろうか…

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