周瑜の休日、エスカルゴはお好き?


 その日、周瑜は休日だった。
 彼の決意。
 それは「一日中寝てやる。雨が降ろうと鎗が降ろうと爆弾が降ろうと一日中寝てやる」というすばらしく計画性のない決意である。
「ふん」
 周瑜は一度は普段通りに六時に起きたものの、ひとつ息をついてもう一度寝なおした。
 子供の足音がする。
 それから、どかっと衝撃がきて降ってきたのは雨でも鎗でも爆弾でもなく我が子であった。
「パパァ―――――ッ!」
 くっ
 周瑜は息を詰めた。
 重い…はっきり言って重い…。
 それでも彼は起きなかった。
 いい加減に起きろ公瑾、ずっと前に自分がしたことだろうが。自分がしてきた悪事を考えれば我が子がどのような行動に及ぶかというのは簡単に想像がつくだろ
 聞き覚えのある声が降ってくる。
 ああ…俺はもうすでに夢を見ているのか…
 それは平和だと周瑜は自分で考え、それからぎゃあと叫んで跳ね起きた。
「オヤジの布団にカタツムリを突っ込むやつがどこにいる!!」
 布団を跳ね除けた周瑜の首筋にはなぜかカタツムリが這っている。周瑜の目の前では息子の循と甥の峻があんぐりと口をあけて本当だぁと間抜けな声をあげている。このカタツムリになりたい女子は多いだろう。はいそこのあなた、そうあなたです。ライバルは多いですからね。
 周瑜がよくよく目を眇めて見ればその隣では孫策が豪快に笑っている。
「き…さまかぁ〜…」
 怒る気力もなくして周瑜は目頭を押さえてため息をついた。
 甥の峻が申し訳なさそうに笑った。
「伯符おじさまが叔父上を起こすにはこれがいいだろうとおっしゃって循ちゃんがそこでカタツムリを捕まえてきたんです。本当に、目覚し時計より効果があるんですね」
 周瑜はもう一度孫策を睨んだ。
「…カタツムリ効果…そりゃあるだろうさ、なんつっても冷たいヌメヌメが胸座を這っていくんだぞ。伯符、覚悟しておけよ、次ぎは絶対におまえを標的にしてやるからな。まったく、せっかくの休みだっつ―のになんだって俺は8時なんぞに起きなきゃならないんだよ。一日中寝る決心をしていたのに」
 それもまたくだらない決意だなと孫策は内心で思った。もっとも彼も人のことは言えない。同じく休みの孫策は「本日童心に返って一日中遊ぶ」という決意をしているからだ。
 そんなことは露ほども関係のない周循と周峻はにこやかに顔を見合わせていた。
「絶対に起きる目覚し時計ができるね」
 と言う周循に、周峻が苦笑しながらそうだねとうなずいた。
「峻お兄ちゃん手伝ってね。僕パパが絶対にお寝坊しない時計作るの。カタツムリで時計作ったら絶対お寝坊しないよね」
 一瞬想像して周峻は顔を引きつらせ、次ぎの瞬間爆笑してしまった。
「峻、なにが可笑しい」
 毎朝時間になると時計からカタツムリが這ってくる恐怖は胃に悪いと周瑜は息子の発明品にげんなりして言った。周峻は真面目に返事をした。
「だって叔父上毎朝時計からハトじゃなくてカタツムリが這い出てくるんです!これきっと伯言さんでも持ってませんよ、こんな目覚し時計って」
 しかし同じようなものを周瑜はかつて見た。
 たしかそれは隣の孫家で見た。
 そしてそれを作ったのは確か…
「そうだ、おまえだ!青虫が出てくる時計を作ったのは!」
 孫策を指差して断言する周瑜に孫策が違う違うと慌てて手を振って否定した。
「俺じゃない、匡だ匡っ!冤罪はこまるっ」
 しかし原案者が孫策であることを周瑜は知っている。なぜなら高校時代(つかそんなに昔でもないじゃん。小学校時代じゃなくて高校時代だぜ?by周瑜)孫策が手伝ってそれを作ったのだ。
「孫家のもんに変わりはないだろうが。循、日曜日にはパパと峻兄ちゃんが手伝ってやるからな。ということだ伯符。俺は寝る!」
 一日が無理でもあと二時間は寝たい。
 昨日も残業で10時過ぎまで会社にいたのだからこれぐらいはしてもよいはずである。
「えー!遊ぼうよ、パパ、パパ、パパー」
 周循が布団の上で駄々をこねる。
「パーパはお疲れよ、おー静かにー…おやすみ。」
 周瑜はうつ伏せになって布団を頭から被りこんだ。
 ベッドの上に乗っかった息子が隣に擦り寄って同じうつ伏せの格好で転がったのが布団越しにわかる。被っている布団が重くなった。
 反対側からも布団が押さえられたようにきつくなって周瑜は反対側にも人がうつ伏せに転がったのに気がついた。
 いつも周瑜は思うのだが、周峻は兄の子で息子同様なのだから周峻にもこうして甘えてほしい。が、峻という子は非常にきちんとしていて、周瑜一家との距離を一歩置いているようなところがある。あくまでも叔父のところに世話になっているという姿勢を小さいころから崩すことがない。
 そう、峻という子がそういうことをしない限り、他に犯人は一人しかいない。そういうことをしそうな奴が一人である。
「伯符。俺は寝たい。俺は普通に寝たい。平和に寝たい」
 うつぶしたままのくぐもった声で周瑜は何とか言った。
「何?キスしてって?」
 布団のなかで脚を思いきり動かして周瑜は孫策を蹴り落とす。ごろんと転がった孫策がおおっと声をあげ、それからどてっと音を立てて絨毯の上に座り込んだ。
「冗談に決まってるだろがバーカ」
 周循が隣でお腹すいたの、と言って周瑜ははっと目が醒めた。
 そういえば小喬は女学校時代の友達と旅行だとかで昨日からいないではないか。
「わかった…朝飯はパパが作ろうな…」

 トーストを焼きながら、昼は店屋物を取ろうと周瑜は決めた。
 メシメシ、と孫策がリビングの椅子の上で新聞を広げながらふんふんと楽しそうに言いうのを聞きながら一瞬周瑜は、なぜこいつの分まで俺が作らねばならんのだろうかと疑問を感じた。うちに来ているということはこいつはすでに朝飯を食ったはずではないのかと。
「峻、キュウリは薄切りじゃなくてもいいからレタスをちぎって並べておいてくれ」
 叔父の声に周峻がはーいとにこやかな声で隣で返事をする。周瑜はチーズを切ってとき玉子に混ぜてフライパンで引っ掻き回した。ジャムは確か小喬が作っていたレモンマーマレードがあったはずだなと思いながら周瑜はきちきちとトーストを皿に並べる。
 テーブルに並んだ皿を見て孫策は無言で新聞を置いた。
「適当に食ってくれ」
 周瑜に言われて孫策は周瑜の顔を眺めて口を開いた。
「おまえ、これで足りるのか?」
 ぶっと紅茶を吹き出し、鼻の方に逆流した紅茶で鼻の奥がつんとした周峻は思わずすんすんと幾度か鼻をすすった。
 そうだったと周峻は肩を落とした。先学期の期末試験明け、とりあえずクラストップを確保したご褒美だと言って孫策が連れていってくれたのは、周峻が食べ盛りの中学生だからという理由で周瑜のほかに呂蒙を誘ってのカルビ食べ放題だった。そして大人3人で12皿平らげたのだった。3人とも胃にドラえもんを飼っているのではないだろうかと周峻は疑ったものである。
 周瑜の方はといえば、俺にも見せろと平然と孫策から新聞を取り上げて応える。
「うちは朝はあまり食べないんでね。大体これでみんな足りるよ」
 新聞の向こうに見える周瑜の顔が苦笑しているのを見て周峻は鼻を押さえたままでうなだれた。
 一人トースト二枚とコーヒー一杯、フレンチサラダとスクランブルエッグ、それからヨーグルト。これは普通の家であれば十分な朝食だということを周峻は知っている。これをあまり食べないという叔父の言動はどこかがずれている、一般の感覚ではない。江東IC上層部に「一般市民の感覚」がどこまで浸透しているのかの問題であるが。
 そう遠くない将来、周峻はきっとこの仲間入りをするのであろう。だがしかし、自分はカルビを4皿も食えないぞと内心で思う甥である。やはり甥の感覚も周家の一員であった。
「公瑾叔父さま、朝食を食べるのか、新聞を読むのか、寝るのか、どうしたいんですか…」
 周峻の言葉にリビング中の視線が周瑜に向いた。
 連日の残業がよほど堪えていたのであろう周瑜の姿がそこにはあった。
 トーストを片手に持ったままで新聞を枕にテーブルに突っ伏していびきをかく周瑜…決して江東ICの女子社員には見せられない姿である。
 こうして周瑜の休日は宣言どおり、一日寝かせてもらえることになったのであった。

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