あの子に赤バラを、周瑜のラブレター。


 はじめてあなたを見たのは高校の文化祭でした。
 苦笑された高校男子の苦渋はいかほどのものか、おわかりいただけますか?
 あのころ僕はまだバカなガキで、友人と馬鹿笑いをしながら女の子にどうにか振り向いてもらおうという話しばかりをしていました。
 あれから一月、ずっと気になっていました。
 だから、受けとって…

「おまえどうかしてるよ、そりゃ」
 孫策の言葉に周瑜はどこがだと自信を持ってこたえる。
 横で見ていた先輩の太史慈も、どうかしているのは確かだろうと言って周瑜の額に手を当てる。いやと首を振るのはやはり先輩で、気障と評判の呂範である。
「どこがどうかしてるんだ。好きな女の子に花をプレゼントするぐらい当然だろ。なー、阿瑜」
 呂範の言葉に、もうすでに阿瑜と呼ぶには背も高くなって体つきも以前のように病弱とはとても思えないようながっしりした体格の周瑜がうなずく。
 もっとも、この四人が一緒にいれば、その中でいちばん華奢な少年ではあるのだが。
「しかしな…この、真っ赤なバラ一厘と、白い便箋のラブレターってのは…俺だったらひくぞ」
 孫策の言葉に、誰もおまえにやらねえよと周瑜が返す。
「あ、便箋にきちんと甘めのオーデコロン振ったな?」
 そこまでは…と周瑜を逡巡させたのはもちろん呂範である。
 呂範のこのアドバイスには太史慈が、それはダメだなと舌をぺろりと出して見せる。
「そんなだからすぐにさよなら、なんて女ばっかり集まるんだよ、おまえの周りには。勝負は体育祭だろうなあ。体育祭で思いきり走ってできる限りの事をして見せる」
 太史慈のアドバイスに呂範が首を振る。
「それでも最後はロマンチックじゃなきゃ女の子はうなずかないよぉ。やっぱね、雰囲気がなくちゃさ。デートなら、最後はやっぱ夜の喫茶店だぁね。旅行だったら簡単なんだけどなあ。ほれ、北京に旅行に行ったら王府井があるだろ、王府井教会ってのがさ、夜になるとライトアップされて綺麗なんだよ。で、一面ガラス張りのスタバでエスプレッソ。演出にはきちーんと下調べしないとあかんわけ。アーユライ?子義君」
 呂範の言葉に周瑜がストップをかける。
「ストーップ、子衡せんぱーい。そういうアドバイスは僕が告白成功したらゆっくり聞かせてくれませんか?今はまだバラもラブレターも、僕のかばんの中ですんで」
 で、と孫策がアイスコーヒーをすすりながら問いかける。
「おまえそれで受けとってもらえなかったらどうするわけ」
 周瑜が孫策のほうに向き直って、それだと指を立てる。
「明日再チャレンジ!」
 明日という言葉に呂範も唖然とする。
 行動がはええ…
 というよりはやっぱ阿策の幼馴染だけあるというか…
 太史慈と呂範のつつきあいは、周瑜と孫策の感知するところではない。
「一度決めたら後には退かない。反省はするけど諦めようとは思わない。これ僕の座右の銘ね。理由が付いてくれば別だけどもさ」
 しつこい男だといわれたらそれで終わったなと、柄にもなく、いや、似合い過ぎのカトリック教徒である呂範は胸の前で十字を切った。
 喫茶店猫空での作戦会議は、紅いバラを添えたラブレターを持って大漢女学校の正門で小喬を待ち伏せするという周瑜の(ぱっと見とても変な人に見られかねないような)決定を誰も翻すことができずに終わった。それに賛成する呂範と、反対する太史慈と孫策という形だったので、二対二で決着がつくはずもなかったのだが。
 呂範と周瑜、このいわゆる「色男」系の人間の考えることは、俗にいう「筋肉バカ」系の太史慈と孫策の理解の範疇を超えていた…。

 校門の前で、黒い学生かばんを担いで赤いバラを持ってたたずんでいるハンサムのことは大漢女学校の校内ですぐに評判になった。
 江学の周瑜が校門のところにいる
 女子生徒たちはわっと窓から身を乗り出して校門のほうを眺める。校門の陰には、黒い学ランで自分のかばんを持ちかえてみたり、空を向いてみたりする周瑜がいる。
 その周瑜を見てくすくすと笑い出したのは喬家の次女である。
 小喬というふうに呼ばれている彼女は、校内でも有名な美人だ。
 小喬が笑い出したのは、学園祭のときに女装で看板を持ち、もう一人の生徒と一緒になってスカートめくりをして遊んでいた男子生徒だと思ったからだ。
 ラブレターに、文化祭で苦笑されたのが傷ついたなんぞと書いた周瑜だが、孫策と一緒になってヒマに明かしてふたりでスカートめくりをして遊んでいたら、小喬でなくとも苦笑する。
 水色に白のネコちゃん…
 ちらりと見えてしまったトランクスを思わず思い出してしまって赤面し、小喬は友人からつつかれた。
 孫策にめくられたスカートを押さえたとたんに小喬と目が合ってしまった周瑜のかわいそうであったこと。小喬が行ってしまったあとで、彼女の後姿を呆然と見送りながら周瑜が、こんなことならもうちょっと大人っぽいトランクスにしときゃよかったとつぶやいたことを小喬は知らない。男子校生徒は所詮男子。トランクスを見られたからといって動揺することもなかったのである。
 周瑜のほうはといえば、小喬が出てくるのを待っている。
「なあ、だんだんギャラリーが増えてると思うのは俺の気のせいか?」
 周瑜の横で、校門の脇の植え込みに座り込んだ孫策が問いかける。
 答えたのは呂範だ。
「気のせいじゃないと思うぞ。遠巻きに見ているのがだんだんと増えてる。まあ女子高の前で男4人でたまりこんでるんだから変人扱いされてもしょうがないわなあ」
 これには太史慈が、俺だけ浮いてないかと自分の学ランを着なおす。
 女子生徒の品定めは始まったばかりである。
 なにやってるのとはじめに声をかけてきたのは生徒会長だという、長身に、束ねずに後ろに流した黒髪が映える生徒だった。
 呆けたのは呂範である。
「後輩の付き合いでしてね」
 にこりと笑って、よろしければケーキでも食べながらゆっくり説明しますけれどもと言った呂範に、帰り際の生徒会長は結構よと一言で断って帰途につく。
 後姿を見送っていた呂範が、勢いよく周瑜のほうに向き直る。
「おい、阿瑜!おまえのバラよこせ、じゃねえ、貸せ!明日買って返すから」
 呂範の言葉にびびって、周瑜が取られそうになったバラを背伸びをして高く上げる。
「いやです!今日必要だから買ったんですから、後で自分で買いに行ってください!」
「けち臭いことを言うな!明日がだめなら30分後だ!」
「30分も待ってられるもんですか!司馬百花園でこのバラを選ぶのに俺がどれだけ時間かけたか知ってるくせに!」
 周りで遠巻きに眺めながらくすくすと笑っている女子高生に、太史慈はにっこりと笑って両手を振り、俺は無関係ですからねとすこし距離を置いて見せた。
 その横を苦笑しながら通り過ぎる喬家の長女に手を振って投げキスをしてみせ、孫策は彼女のあとを目で追う。
「やっぱ美人だのう、大喬ちゃんは」
 満足そうに言う孫策を見ながら、どいつもこいつもと太史慈はため息をつく。
 通り過ぎる小喬を目にしたとたん、周瑜はがばっと呂範を跳ね除けた。
「喬婉小姐!これ持ってってください!」
 周瑜に立ちふさがられて目を丸くしたものの、白い封筒と赤いバラを見て小喬は周瑜と見比べてからしばらくして周瑜に声をかけた。
「あの、ネコちゃん、お好きなんですか?」
 この質問に爆笑したのはついてきた介添え人3人である。
 ……
「はい?」
 聞き返した周瑜に、小喬は封筒を見る。
「封筒も白いネコちゃんだから…」
 ……
「喬婉さん、ネコちゃん、嫌いでした?」
「嫌いじゃないです。でも犬も好きだから」
 ……
「犬は…小型犬なら好きです。大型犬も嫌いじゃないですけど」
 変なふたりだと思いながら孫策、呂範、太史慈はふたりを見比べる。
「お手紙、ありがとうございます」
 にこりと笑う小喬の邪気のなさに、周瑜ははいとうなずいて小喬を見送った。

 翌日、四人はやはり大漢女学校の校門前にいた。
「昨日はお花とお手紙、ありがとうございました」
 ふかぶかとお辞儀をする小喬に、周瑜はお辞儀をして返す。
 ごそごそとかばんをあさって小喬が手紙を取り出す。
「これ、お返事です」
 にこりと笑って手紙をだす小喬に、周瑜は小喬が行ってから小さくガッツポーズをして見せた。
 喫茶店に入って孫策がまず見せろと言い出した。
「なんで俺より先に阿策が見るんだよ。俺の手紙だぞ」
 言い返してペーパーナイフで手紙をあけ、周瑜は首をかしげた。
 なにも言わずに手紙を見つめる周瑜に呂範がどうしたと聞いて周瑜の前に顔を出す。
 その声に手紙をたたみ、周瑜は無言でなんどかうなずく。
「たしかに、お返事だ」
 そうつぶやいて自分のアイスコーヒーにガムシロップを入れる周瑜の手を太史慈が止める。
「おまえどうかしてるぞ、ガムシロップを3つも入れたら甘くて飲めない」
 太史慈が言ったのを聞いたのか聞いていないのか、一口アイスコーヒーを飲んで周瑜が口を押さえた。
「甘っ!」
 周瑜の様子に呂範がはははと笑って、なんだ、今のおまえと同じじゃないかと言って見せる。その呂範を見て、周瑜はそうじゃなかったんだなと眉をひそめる。
「笑ってしまってごめんなさい」
 周瑜の手紙を横から取って、孫策が読み上げる。
 ピンクに茶色の子犬のついた便箋には一言だけそう書いてあった。
 読み上げた孫策と、聞いていた呂範、太史慈がぽかんと顔を見合わせてから周瑜を見る。
 それは、ラブレターの返事ではないような…
 学生かばんに顔をうずめて周瑜が突っ伏す。
「見るなぁ、情けなさ過ぎる」
 くぐもった声で言う周瑜の背中をぽんぽんとたたいて呂範が慰める。
「明日がある。落ち込むな」

 周瑜にくっついて一週間通いつづけると女子生徒の中にもなじみの女の子が出てきて、太史慈は女の子たちに手を振る。
 孫策は相変わらず大喬に投げキスを飛ばし、呂範はかばん持ちをすると生徒会長に申し出た。
「これ、調理実習で作ったんです。結構上手にできたと思うんで、食べてください」
 中等部か、高等部にあがりたてかという女の子に小さな包みをもらって太史慈は満面の笑顔で小さな包みをもらった。
 ピンクに花柄のラッピングを見た太史慈の母が、おまえに手作りクッキーをくれるような奇特な子がいるのねと言い、太史慈がそりゃひどいよ母ちゃんと言い返したのは後日談である。
 ある意味、この待ち伏せで一番得をしているのはなんの目的もなくついででくっついてくる太史慈かもしれなかった。そしてこんな日々を繰り返し、最後に周瑜は花嫁泥棒じみたことをして小喬を妻に獲得したのであった。
 それにしても小喬、シーラカンスを料理しようという妻になるだけのことはある。変にボケていて手強かった。
 後にこのボケたふたりがどこかボケた夫婦になり、甥もどこか世間ずれしているのはすべて遺伝子と運命のなせる技だろう。

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