販促戦場のメリークリスマス

 本当なら恋人とあったかいポタージュでも食べながらクリスマスイブを過ごしたかった。(陸伯言:国際戦略部副課長)

 今日は妻がローストポークやホワイトシチューを作っているはずである。手伝いをすると約束していたのだが、…怒っているかもしれない。(周公瑾:国際戦略部部長)

 寒空の中でこんなことをしているが、まあいいだろう、本来なら興覇とふたりで男二人のむさ苦しいクリスマスだ。かわいいお嬢さんたちが振り向いて寄ってきてくれるからにはこのほうがよほど恵まれている。(呂子明:国際戦略部課長)

 販促ならば、この面子に加えて私よりも人事部の呂子衡を使えばよいのだ。家に帰ったらみかんでも食ってブランデーを呷るか。(魯子敬:国際戦略部副部長)

 この面子がそろって街頭で販促をしていれば、街を歩く女の子たちが放っておくわけはない。それに加えて四人が売っているのはクリスマスの定番、アクセサリーにコスメグッズといった商品である。それから、男受けしそうなものでは万年筆や財布など、どれも品のいいものを集めている。どれも江東系列の商品で、デザイナーも一流どころに頼んでいる。
 それでも昼間のうちは街を歩く女の子やカップルの姿も少ない。
 周瑜の頭の中では、昨晩の妻の様子がまざまざと再現されている。
 クリスマスに販促だと聞いた妻が、夜はどうするのよとなじったのである。
「帰りには香水でも買っていくかなあ」
 周瑜のぼやきに魯粛が首をすくめた。
 高校時代、初恋の君を口説くために毎日足しげく東漢女学院の正門まで足を運んでは彼女に毎日季節の花を一輪送ったという、とても高校生とは思えないようなバカなことをして、大学卒業と同時に結婚した貴公子の悩みはまたもや妻である。
 知り合って五年目のプロポーズで、絶対にあなたのことを幸せにしますという決り文句で振られ、それでもあきらめずに、再挑戦し、他の男と結婚するようなら結婚式場に白タキシードで乗り込んでさらって行きますからと言って彼女を唖然とさせ、その日のうちに普段着のままでチャーチに行ったというむちゃくちゃなことをした男である。もちろん後日正式に披露宴はした。
 しかしこれだけのハンサムに五年も言い寄られて落ちなかった彼の妻もすごいと魯粛は思う。まあ妻の美貌もそれだけのことはあるのだが。
 この周瑜の友人孫策、つまりは若社長のプロポーズもすごかった。
 クリスマスイブにプロポーズし、そのためだけに雪を運ばせて彼女を連れ出し、俺以上にいい男がどこにいると言って、それを呆然と眺める彼女を口説き落としたのである。そのときに雪を運ばされたのは周瑜と太史慈である。白猫運輸のクール宅急便のトラックを借りて北京まで行かされたのだった。
 その横で陸遜が、僕もなにか買っておかないとなあとつぶやく。
 だんだんと増えてくるカップルの姿が目の毒である。
 寄ってくる女の子にひとり笑顔を絶やさないのは呂蒙だ。
「お嬢さんたち今日の夜はデート?デートのおめかしに小さなペンダントとかつけてみません?」
 人好きのする朗らかな微笑の呂蒙に言われて女の子たちがきゃあと騒ぐ。
 甘寧と牛丼を掻きこむのに比べて、非常に有意義なクリスマスである。
 十人十色という言葉が魯粛の脳裏をよぎった。
 呂蒙に負けじと陸遜が声を張り上げる。
「お嬢さん、彼氏のクリスマスプレゼントは決めました?悩んでいるならご相談、男の喜ぶものは男に聞け、四人そろってアドバイスしますよ!」
 陸遜の言葉に三人が内心で声をそろえておいと突っ込んだ。
 足を止めたのは江東IC秘書課の女性だった。
「戦略部の…何なさってるんですか?」
 秘書課の唐菜青の言葉に慌てたのは呂蒙である。
「あ、ああ、クリスマスで購買傾向の統計を取るっつーことで…その、つまるところがこれも統計データ用に、の、仕事だ」
 上司と部下の目が呂蒙に集中する。
 なるほど?唐菜青ちゃんにご執心
 唐菜青は大喬の結婚退職後に秘書課に来た女性で、そのころ秘書課にいた呂蒙はこの唐菜青が気立てもよい子だということをよく知っている。
 国際戦略部に移動して三年、デートに誘おうと決心はするものの、毎年結局甘寧とのクリスマスになるのである。
 その呂蒙の目の前で禁句を口にしたのは陸遜であった。
「夜はデートですか」
 周瑜と魯粛がそろって陸遜の尻をつねり、呂蒙はその言葉にぽつんと唐菜青の様子を眺めた。唐菜青の返答は、呂蒙が想像した通りである。それも悪いほうの。
「ええ、多分デートです」
 唐菜青のことばに呂蒙が、そうですかとどこか寂しげに、照れたように返す。
「そうですね、これだけチャーミングだから、秘書課の男だって放っておかないでしょう」
 慌てて言う呂蒙のほうを見て、唐菜青はもう一度多分とつぶやいたが、それから慌てて言葉を付け足した。
「でもわからないんです、その人、今仕事中だから、ひょっとしたら来られないかもしれないし、だから、今日はずっと待ってみることにしたんです。ガーデンサイドのツリーのところで」
 他に約束があるかもしれないし
 最後の一言は唐菜青の胸中でつぶやかれた。
 唐菜青が足早に本社のほうへ向かってから、呂蒙はそうだよなとぽつりとつぶやく。周瑜がもう一度陸遜を蹴飛ばした。
「バカ、おまえドンガメか、それじゃなきゃよっぽど嫌がらせだぞ」
 周瑜に言われて陸遜が首をすくめる。
「でも確かめてあげたいじゃないですか」
 陸遜の反論に肩をつついたのは魯粛である。
「そういうのを余計なおせっかいというのですよ」
 上司に注意されてふてくされつつ、陸遜は呆然としている上司のほうを見た。
 しばらく呆けていた呂蒙は、くそ寒いなかスーツを脱いで腕まくりをした。
「呆けちゃいられないな」
 ここで大人の深読みを侮ってはいけない。
 魯粛はふむと唐菜青の後姿を見送って、周瑜をつつく。
「老弟、もしもだ、デートをするとして関係のない男に自分の待ち合わせの場所をわざわざ言うかね」
 魯粛の言葉に周瑜がふむと首をかしげる。
「私なら言いませんねえ。それこそ伯符にだって言いませんよ。どこで邪魔をされるかわかったもんじゃない」
 そこまで言って周瑜は魯粛のほうを見る。
 これはひょっとして、脈ありですか?
 周瑜がささやく声に、魯粛が、けしかけてみましょうかと返してにやりと笑った。
 当の呂蒙はといえば、秘書課にいたころに他社訪問で使っていた営業スマイルで街を行く女の子の注目を集めている。
 傍目に見て、陸遜と呂蒙がにっこり笑うと、それだけで人集めになっているようでもあり、周瑜は嘆息した。
「なにが統計データだ歩子山のやろう、国際戦略部を客寄せのダシにしやがったな」
 女性が目当てにする男の中に自分が入っていることを周瑜は棚に上げた。
 なんとすれば、周瑜自身は並以上ではあるかなというぐらいにはルックスに自信をもっているが、ナルシストではないのだ。
 魯粛などは、すでに自分は対象外に入っていると思っているが、この魯粛も評判はいいのである。お硬そうではあるが、落ち着いた容姿は威風堂々としている。おっとりとしたその風貌で、上司にしたいランキングでもちょっと仕事のできる女性たちには結構もてているのである。
 街行く女が、ちらちらと四人を見比べては品定めをし、ホストクラブにいたら貢いじゃうかもなどと冗談を言っているのを四人は知らない。

続く

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