赤壁逍遥


 周瑜も程普も、若い兵士が「俺(アン)」と言ったのを聞き逃してはいなかった。
 俺(アン)という言葉は南の人間はほとんど使わないのである。
 北の人間特有の言葉を使った男が、黄蓋の投降を伝えてきた。
 離間
 周瑜が机上に酒で書いた字を見て程普がうなずく。
 その字を袖でぬぐって周瑜はまたくっくっと笑った。
「案外はやく引っかかってきたものです」
 周瑜の言葉に程普が苦笑した。
 この青年は気兼ねというものをあまりしないのだなと程普は見た。それでなければ貴族の家に生まれてよほど恵まれた生活をしてきたのだ。
 先日の昼間魯子敬という青年と話しをしたが、あの青年はこの青年に蔵をひとつただで差し出したという。その話を聞いたときには、差し出す青年も受け取る青年も余程豪気なバカか、それでなければ金銭感覚が麻痺しているのだろうと思ったものだが、その話しを持ち出したときに魯子敬という青年は段取りには金をはたかなければならないときもありますと飄々と応えて見せた。どうやら、呉に集まったガキ大将どもは豪気な男ばかりらしい
 程普が考えたことなどまったく構いなしに、周瑜は酒を出してきて程普の杯に注ぎ込んだ。
 祝我メン的前途(前途に)
 そう言って杯を出した周瑜に、程普が杯を出す。
「祝合作成功」
 その程普の言葉に周瑜がまた笑った。
 合作とは言うまでもなく曹操との合作であろう。
 程普は、曹操が協力してくれたおかげで火計がうまくいくと言ったのだ。
 魏軍の可哀想な間諜は、自分が呉軍を離間にかけたと信じてまんまと策にはまってくれたのだ。
 あとは上風を待つのみと、周瑜は燭の火を見つめて酒を呷った。

 ばきっと氷を踏みつけて割り、周瑜は寒いわけだとつぶやいた。
 息をはくと、吐いた息は真っ白く濁ってから空中に消えてゆく。
 こういった寒い日には、兄のところで一緒に湯を飲んだりもした。
 幼いころのことをふいに思い出して周瑜は首を振った。
 火の馳せる音がぱちぱちと耳につく。
 兵士たちが暖を取っているのだろう。
 曹孟徳は一体何をしに来たのか
 周瑜はもう一度考え直した。
 どう考えても、この季節に水上戦をするには曹操には状況が不利なのだ。
 不利だとわかっているところで、なぜ敢えて出てきたのか、周瑜は内心で繰り返しつぶやく。なんど考えても結論は出ない。
 それとも本当に、この時期にこれだけの条件下で呉軍を破る策があるのだろうかと思いなおして幕舎に戻り、火を焚いて地図を机上に広げなおす。
 北に魏軍、南に呉軍、夏口には劉玄徳、襄陽に曹仁、呉軍の将軍はこの赤壁にこれだけいて、後ろには朱桓が控えている。
 魏軍の後ろに控えているのは曹仁、都に夏候惇。
 周瑜は地図をとんとんと叩く。
 江水(漢水)に入られればこちらは後方首尾から離れることになる。
 だがと周瑜は首をひねる。
 ここから水上戦で呉軍を破れる得策がどうしても出てこないのだ。
 魏軍の船団が呉軍船団を破る一番よい方法は先に火をかけることである。自分が魏軍の将軍であればどう献策するかと腕を組み、周瑜は地図をもう一度眺めた。
 やはり自分は火計を献策するのではないだろうか
 そう考えて、魏軍の参謀は誰がいたかと考えた。
 こちらから放った間諜の報告では、確か程cがいたはずだと周瑜は唸る。
 ずいぶんとお悩みでと、周瑜に呼ばれて脇に控えていたホウ統(子元)がくすくすと苦笑しながら声をかけ、周瑜はまったくですと首を振った。
 焦ってはいけません、一つ一つ考えればよいでしょうというホウ統の言葉に、周瑜はふむと唸って幕舎を出た。
 呂蒙の幕舎で足を止めると周瑜は、いきなり入って行って呂蒙の心臓を止めかけた。
「驚かせないでくださいよ。それにしても都督がご自分でいらっしゃるとはお珍しい。呼んでくだされば私のほうから行きましたのに」
 呂蒙の言葉に苦笑して、周瑜はいいんだと言う。
「散歩がてらだ。おまえ左伝を持ってきていただろう」
 周瑜に聞かれて呂蒙は赤丸をつけまくっている左伝を周瑜のほうに差し出す。
 行軍中にぶつぶつと左伝をつぶやく呂蒙を想像して周瑜は笑いそうになった。
「覚えたか」
 周瑜に聞かれて呂蒙は少しずつですがと言い返す。
 馬上やら船上やらで亀がどうのなんとか公何年にと言っている呂蒙の姿はまるでお経でも唱えているようなのではないかと周瑜は思った。
 呂蒙の左伝の赤丸に周瑜はまた苦笑した。
 所々抜けている。
「おい、子明よ。この抜けてるのはなんなんだ」
 周瑜に聞かれて呂蒙は答えるのに少し逡巡したが、周瑜の不思議そうな様子に不承不承答える。
「そりゃ、不明な点が多いところですよ。ほら、この女のところなんか見てくださいよ、なんでこの女はこんなことしてるんですか。晋公が来たからといってなにしてこうなるんです?」
 呂蒙が指さしたのはやはり晋公がきて秦の穆公夫人がという下りである。
 周瑜は大笑いした。
「こりゃ晋公が来たところで何で穆公夫人が出てくるのかってことか」
 周瑜の言葉に呂蒙がうなずく。
 周瑜はことここに関してはまったく役立たずだと思っていたのだが、案外そうでもなかったらしい。
「穆公夫人というのはこの晋から秦に嫁いだ夫人だ。ここで晋の公子の申生が出てくるだろう?この申生の親妹妹(同母妹)が穆公夫人。だからここで穆公夫人が晋公が来たと聞いたところが出てきても別に不思議はない。いいか?」
 背景の説明はしてくれたが、やはりどうしてそういう行動に到ったかの説明はなかったことで、呂蒙はここではやはり周瑜も役には立たなかったかとあきらめた。
「とりあえず覚えろ。字のまんまで読んで覚えればいいよ」
 周瑜の言葉に呂蒙はもう一度役立たずと内心で繰り返した。
 呂蒙にとって字というものは学問の邪魔者である。
 場合によっては墨のミミズがのたくっているようにしか見えない。
 仕方なく、呂蒙はいつもどおり一度部下の梁に読ませてから暗記することにした。
 そう、呂蒙の左伝の赤丸は呂蒙がつけているものではない。部下の梁が読んだところにつけているのであった。
 阿蒙と小梁の勉強は続く。
 もっとも最近では大体呂蒙が自分でも読めるようになり、おかげで小梁は夜しっかり睡眠が取れるようになったという。
 小梁が、代筆業で呂蒙に給料せびろうかと考えていることなど現在の呂蒙にはまだ関係がない。
 ちなみに呂蒙がときたま小梁のおとなしい声で寝てしまって、起こすたびに小梁が呂蒙におこられるのだが、これは小梁のせいではないだろう。
 小梁の低めで穏やかな声が流れるように呂蒙の陣営から聞こえてくる。
 大学の道は明らかなる明徳に在り、民に親しむに在り、善に至りおいて止むに在り。知り止みて後に定む有り、定めて後に静能くし、静にして後に安能くし、安にして後に得る能くす。
 小梁の声に、周瑜は苦笑いした。
 小梁が暗記しているのはつい先だって周瑜が程普に指摘された大学であった。


22へ続く。

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